2012年5月13日 (日)

母の日。

白いカーネーションを買うようになって今年で16回目。

最近は置かない花屋さんもあって少し探し回ることになる。
いつもの僕のウンチクたれや、こだわりじゃないよ。花屋じゃなくてもかつてはみんな知っていたこと。

おかあさんにわたしてねと、
通っていた幼稚園ではみんなの赤とはちがう、白いカーネーションを持たされて帰った子がいたものだ。

そもそもの母の日の謂われに沿っているだけ。

どうにか今年も買えた。


おかあちゃんに、合掌。

2012年5月 6日 (日)

1300年、姫のさと。

先週末にTVで観た、よもぎ餅が食べたくて、
朝も早うから当麻寺に向かいました。

当麻寺への参道には「中将餅」の看板で有名な老舗がある他、
よもぎ餅は名物でお店がいくつか軒を並べているのですが、

そのなかで、ほんまに蓬(よもぎ)が採れる、
4月〜5月のその時期数週間だけお店を開ける、
ほんまに旬の蓬だけをお餅にする「老舗」があるとのことで、
これは行かねばということで。

そのお店、「春木春風堂」に着いたのは8時ちょうどの頃でしたが、

受付してくれたおっちゃんは「11時以降の引き渡しになるよ」と釘を刺してきました。

あーそうなの・・・

ともかくは予約を入れて、
山のほうへ向いて當麻寺に詣でて、白鳳時代の国宝を拝観し、
ぼたんの庭を愛でることとしました。

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摂関家としてその地位を固めつつあった藤原氏にあって、
実母を失い継母に嫌われ、當麻寺に身を寄せられた中将姫は
本尊となる曼荼羅を織られて29歳にして亡くなられたという。

こういう境遇の姫は、絶対、美女であってほしい・・・


「春木春風堂」で買い求めた「姫餅」ですが、

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家に帰って開けてみますれば、
伊勢の赤福のような、柴又の草だんごのように上にこしあんを塗った感じで、

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ほおばると、青く爽やかな香味が口いっぱいに広がります。
新鮮な蓬はこんな味がするんですね。

見てください。この鮮やかなみどり色からもわかりますよね。

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この香味を知ると、よその和菓子のヨモギの味ではもの足りなくなります。
長らく待たされようがそれでも買って帰りたくなるのはよくわかります。

是非みなさんも一度ご賞味あれ。


「姫餅」を待ってる時間に記念に買った、葛城市のマスコット「蓮花ちゃん」。

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中将姫をモデルに、遷都祭の年に誕生したキャラクターで、
職場の近所に住んでいるとされる、角の生えたへんてこりんなガキんちょに
一途にかなわぬ想いを寄せているところが愛らしいではありませんか。

やめといたらええのに、あんなけったいやつ。


「姫餅」提げて、当麻寺をあとにして、

いま憧れの姫とそのご家族が行きつけにされている広陵町南郷の
「ハワイアンカフェZENBE」を目指しました。


歩いて。(笑)


昔、永く通った職場があった周辺で土地勘もあるし、
事実迷うこともまったくといって無くお店までたどり着いたのですが、
距離を全然理解してなくてアホでしたね。脚が爆発寸前でした。

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爽やかに海の匂いもしそうなお店でしたが、
ウワサ通り田んぼに続く田舎の路地に面してて、意外な感じでした。

自慢のロコモコ、確かにおいしかった。

来店した理由を素直に話したら、
姫が自ら店に置かせてもらってるノートに記帳をさせてくれました。

高田から広陵町あたりもすっかり都会化しましたね。
僕が当地にあった職場に通っていた頃からもう20年くらいにはなるのか。
憧れの姫が生まれたくらいか。

当時から街が徐々に整いつつありましたが、
ファミレス通りができ、大きなスーパーもできて・・・
生活が完結する環境が整ってしまいましたね。

もうあのコスモスの花畑はなくなってしもうたんやろかなあ。

職場にいたちょっと男勝りな姫たちもええお母ちゃんになってるやろか。

2012年4月20日 (金)

平野神社の桜、みてきました。

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今年は京都の北野天満宮の近く、地元では桜の名所として名高い、平野神社に桜を愛でに行きました。

 

境内から併設の桜園まで様々な品種の桜がまさに咲き乱れていて、圧巻です。
大阪の造幣局の百数十種には及びませんが、それでも数多くの珍しい品種の桜を見ることが出来ます。

 

平野神社は平氏、源氏、高階氏などの皇族から臣下に下った家の氏神として、平安期から厚く崇敬され、
それぞれの家が競うように一門を代表する桜を寄進し、植えられてきたので、
平野神社にあるものが日本の各所にある桜の原木、原種であるものも少なくないのだそうです。

 

大河ドラマ「平清盛」で、清盛が最初の妻に想いを打ち明けた神社は
妻が高階の娘だったことからも、この神社だったのかもしれません。(あくまでドラマ上の話ですが・・・)

 

京都でもガイドブックには隅の方に載っていて、他府県からの訪問が多すぎず、
品種が沢山あるので、それぞれが見頃を迎える時期が異なり、ソメイヨシノよりも早く楽しめるもの、
ソメイヨシノが散ってから見頃を迎えるものもあるので、桜を満喫したいかたにはおすすめです。

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2012年4月 1日 (日)

なんばの鴨がネギしょってたのか?

鴨肉とネギが入ったおそばは「鴨なんば」や「鴨なんばん」と呼ばれます。

特に大阪方面では「鴨なんばん」は間違いで「鴨なんば」が正しいという説が大阪人の中で幅をきかせています。

それは大阪の「なんば」が昔ネギの産地だったからだというからです。

厳密にいうともうちょっと南より、今宮のえべっさんのあるあたりが産地で、
まあほとんど「なんば」といえばなんばですけど。

 

現在のなんば付近はいにしえから大阪湾で採れた魚が集積し、
田畑についてはネギではなく人参やらが名産とされるほどの根菜などが主要な産物で、食材が集まる場所だったようです。
その名残は現在に続いている木津の卸売市場はもちろん
今宮のえべっさんが豊漁祈願でこの地に勧請され、商売の神様に変化していったのはそういう理由なのでしょう。
食材が集まるところなので次第に「食い倒れ」の街にもなったのです。

 

なんばの田畑はぬかるみが多くて、すべらないころばないようにした歩き方を
「なんば歩き」「なんば走り」(手と足を交互にではなく右手・右足、左手・左足をいっしょに動かす歩き方または走り方)と呼ぶようになったとの説もあります。
なんば歩きのの「なんば」は「難場」が語源だという説もあります。
つまりなんばの田畑は、ぬかるみの難場だったというのです。

 

あ、ずいぶん話がそれてしまいましたが、じゃあ「鴨なんばん」は間違いかというとそういうわけでもなく、

江戸や明治の頃に、ネギやトウガラシをつかった料理はそもそも日本の文化に無く、南蛮渡来だったので、その類をつかった料理は総じて「南蛮料理」と呼ばれてきたのだそうです。

一説にはじつは「カレー南蛮」そばのほうが「鴨南蛮」より先に存在したという話もあり、要は西洋風で珍しい料理をみんな「南蛮」と呼んでいたのではないかとさえ言われています。

チキン南蛮もそうなのかというと、じつは唐揚げを南蛮漬け、つまり南蛮酢に漬けることからそう呼ばれるのであって、「南蛮酢」には鷹の爪とネギが原材料になっています。

 

だから「鴨なんば」も、「鴨なんばん」も、どっちもありってとことなんです。

 

なんば周辺で見られなくなった「難波ねぎ」は現在は大阪市住吉区内で栽培収穫されているそうです。
背が低く葉が太目で切った断面から目に見えて粘っこい汁が出ます。

いま戎橋筋の「大寅」で難波ねぎを使ったてんぷらが販売中です。
いただきましたが、とってもおいしかったです。o(^-^)o

なんばの昔の思いを馳せて、是非おためしあれ。

 

 

難波ねぎ天
【大寅】住所:大阪市中央区難波3-2-29 TEL:06-6641-3451

※ 店頭販売のみ。
※ 新大阪駅構内の大寅のお店での買えるらしいです。

 

参考サイト「上方・大阪の蕎麦

いまからWeb屋、はじめられるか?

よく行く大きな本屋さんでは、いわゆるホームページ制作やWebデザインの棚が縮小傾向にあるのをリアルに感じます。
その昔のようにプログラム系の書籍たちがびっしり占拠しています。

試しにハローワークの求人も見てみると、まさにおんなじ状況です。

ソフトや無料サービスでWeb制作の知識のない一般の方でも、そこそこの見栄えのホームページなら、誰でも作って公開できる時代になり、
どこの制作会社も基礎たるホームページ機能にさらに不可できる何か、次の段階を求めています。


HTMLとCSSでホームページが作れるだけでWeb屋が開業できる、食べていける時期はもう終焉したのです。

ところで作るにおいては、プラスアルファでプログラムに走るのも理解できるし、
出来る人もまた不可欠なのですが、
プログラムにも旬やニーズがあることを知っておかねばなりません。


本当に求められている人材は、
お客様の案件に適切なプログラムをセレクトしてあげられる、
お客様と一緒にWebをして策を考えられる人間です。Webを知らないひとは論外ですが、巧みに作れるひとというわけでもなく、

言わばどんな業界にも類して求められている能力です。

そういうひとになれるよう、在れるよう、僕もがんばってかなあきませんね。

2012年3月20日 (火)

墓参り。

彼岸の中日。
墓参りしました。

墓花買うにも窮するなんてのが、
墓前に来て一番情けないことのような気がします。

安くあげた花で情けない、申し訳ないと反省するのもまた墓参りする意義かもしれません。

だいたい、早く亡くなった家族の女性を小墓というかたちで別に埋葬してきた旧家の習慣で、
父方の墓が別々に4つもあるのも問題なんですけど。

墓参りするとやっぱり父母を思い出します。
僕は甘えたでしたから。

遠からず飾りきれんほど花抱えて墓参できて、
墓もまとめられるようにがんばります。

合掌。

2012年2月 1日 (水)

2012年、阪神タイガースが新ユニフォームを採用しました。

サッカー日本代表のユニフォームのサプライヤーはアディダスですが、
アディダス1社になる前、フランスW杯のときまでは行われる国際試合や予選のたびにミズノを除く大手スポーツメーカーの持ち回りでサプライヤーをやっていました。

日本代表のサプライヤーをしなかったミズノはというと、当時Jリーグ全チームのユニフォームサプライヤーをやっていて、
JFAの日産時代からアディダスの3本ラインを伝統にして守り抜いてきたマリノスがミズノにあれこれ難クセをつけては、リーグにアディダスのサプライを認めてほしいと文句を言ったりしていました。

これに対し、わがセレッソはJFAで発足して以来、カップ戦用も含めてミズノをサプライヤーにしてきたチームです。
本社が大阪ということもあるのでしょうが、ずーっとミズノで通してきてるのは確かセレッソだけじゃないでしょうか。


サッカーよりプロの歴史が長いプロ野球では、ごく最近までデサントのサプライを受ける球団が多く、最大で11球団を提供している時期もありました。

その時期もデサントのサプライを受けていなかったのは阪急ブレーブスで、そのサプライヤーはミズノでした。

中日ドラゴンズなどはホームとビジターの色違いだけのユニフォームをデサントとミズノでそれぞれサプライを受けている球団もありました。

わが阪神タイガースは永く久保田運動具店からの供給を受け、1970年代にはいってユニフォームはデサント製を採用するようになりましたが、それでも帽子だけは久保田運動具店のものを使ってきていました。

讀賣と、確か中日も帽子だけ玉澤というメーカーのものを永く使用してきました。
とくに讀賣はタキシードの生地を使ったり、長嶋さんの希望を聞き入れて、
黒に見えるのだけれどもじつはミッドナイト・ブルーだった帽子をつくって供給したこともあり、
わがタイガースも一度だけ「大阪タイガース」の名称最後の年にTOマークの帽子を提供してもらったことがあります。


さて、わが阪神タイガースが今年ユニフォームのサプライヤーにミズノを採用しました。

どうやら帽子も久保田運動具店のものではなくなったようです。

タイガースはミズノのユニフォームが初めてというわけではなく、確かですね、球団創設時ので3rdユニフォームだった、胸にOSAKAの文字に、
一番最初に左の袖に虎章を縫い入れた、あのユニフォームがミズノだったはずです。

そういう意味ではタイガースのユニフォームにおいて歴史的つながりもあり、
革命的な、斬新な歴史を刻んでくれるサプライヤーと言えるかもしれません。

最大の特徴は黒地のトップスのビジター用。

ここ2年ほどダイナマイト打線時代の「まっくろけユニフォーム」(ホントは濃紺だけど)を交流戦などに採用していた経緯から、そのうちビジターでマリーンズやホークスのような黒地のトップスも着るんじゃないかなぁと思っていました。


ファッションには保守的なイメージのもの、前衛的なものがあり、
流行る時期などもだいたい交互に訪れたりするのですが、
今回のタイガースの「前衛」デザインは
過去のほら、コシノ姉妹のデザインのものより、ずっといいんじゃないですかね。


でも、なんかミズノってやっぱし、斬新っちゃあ、斬新なんやけど、
なんやろ。

なんかダサく見えないことも、ない・・・。

2012年1月26日 (木)

ほんまもんのみたらし団子。

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少し前の話になりますが、京都の下鴨神社の近くにある「加茂みたらし茶屋」に寄って来ました。

このお店が提供しているものが「みたらし団子」の元祖といわれているのです。

みたらし団子の「みたらし」とは「蜜垂らし」だとずっとそう思っていましたが、

「語呂」としては正しいかもしれませんが、語源は下鴨神社の「御手洗場」だったのです。

「御手洗」と書いて「みたらい」と読みます。

御手(みて)・洗(あらい)が縮こまって「みたらい」です。

古文表現で「御手洗す」場所なので「みたらし」になるのです。

だから漢字で正しく表記すれば「御手洗場団子」ということになります。

 

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平安時代以来、祭事を司る巫女さんがお清めをする場所が「御手洗場(みたらし)」なのです。

その御手洗場で夏場に「御手洗祭」があるのですが、なぜかその祭りの頃にだけ

御手洗場に水泡が湧き上がるらしく、

その水泡の形を模したのが「みたらし団子」なのです。

加茂みたらし茶屋のみたらし団子は水泡のように小ぶりな球の団子で、5つ、串に刺さっていました。

上品でしつこさのない味わいでした。

トイレのことを品よく「お手洗い」という慣習があるがゆえに
(それこそ神社のお清め場にかけているのですが)
「御手洗場団子」と表記してはちょっと食べたい気持ちにはなれないですよね。

追伸。
御手洗(みたらい)といえば、ミラーマンの御手洗博士を思い出す僕はoverフォーティなんちゃら。(笑)

加茂みたらし茶屋

京都府京都市左京区下鴨松ノ木町53
営業時間: 9:30~20:00(L.O.19:30)
定休日: 水曜日(祝日営業)

2012年1月16日 (月)

そんなんべつにええやん、の大罪。

15日、鏡開きして、正月飾りを近くの神社へ持参して、
とんどの火にくべていただいた。

独りで生活している僕の鏡餅なんて、
スーパーで買える二段のお餅の格好してるプラスチックに中に
丸餅の個包装がはいってる「なんちゃって鏡餅」にすぎない。

とはいえ、独りだからと何もせず済ましていると、
自分がダメになるような気がして、
むしろ独りになってからほうが、季節の行事を意識して、
スーパーの出来合いのおせちであっても正月には頂き、
多少いい加減な調理であっても、白味噌の雑煮はこさえて食べるし、
今年は七草粥は作りそこねたが、
節分には巻きずしを買って、歳の数だけ豆を喰らうつもり。

とんどにくべられる正月飾りが今時は
火に入れる前に地域の人がボランティアで分別作業してくださっていた。
何にもせえへん僕にはこの寒いのに申し訳ない思いでいっぱいになる。

それを見ていて、年の暮れにも感じたことを思い出した。

燃えないゴミにまとめられる、自分も飾っていたパックの「なんちゃって鏡餅」。

スーパーで買い求めて、フタを開けると、
ご丁寧に説明書があって、飾り付け方法が書いてある。
幼い子供でも完成させるのに数分でできてしまう内容だ。

でも、どうも腑に落ちない。

ちがうやん。

僕が子供の頃から見てきた鏡餅の飾り付けはこんなんやない。

大阪ではダイダイの下に干し柿の串を置いて、
こぶ(昆布)を垂らす。
三宝にウラジロを敷いて、餅を載せる。

なんちゃって鏡餅にはそれなりに、どこかの風習に基づいて、
意味のあるような「ありがたい組み立て方」は書いてある。

でも、それはやっぱし「どこか」の風習にしかすぎぬ。


せめて、このなんちゃって鏡餅、
「関西仕様」にはしてもらえないものか。

ダイダイも模型なのだから、串柿やこぶやウラジロも模型でも構わない。

そんなん、べつにええやん。

便利な方がええやん。

そう思う人は多いだろう。
でも、文化はそういう僕らのいい加減さで損なわれていくものである。

鏡餅とて地元の人や家族が先祖代々、
それこそ百年以上は意味を持って守ってきたものである。
それを便利の一言で、大手メーカーの商売の都合で、
私たちの世代で葬り去って本当にいいのだろうか。

コンビニで見かける「メンチカツ」にしてもそうだ。
関西では「ミンチカツ」と呼んできて、
僕らが子供の頃はその呼称を使う東京方面を物笑いにしてきた。

物笑いはよくないかもしれないが、
全国画一的に「メンチカツ」にする理由は何だ。
それはただ商品管理しやすい、売り手の都合やろ。

ささいなことかもしれないけれど、
地方分権が叫ばれるいま、文化は「東京文化」を分割するような
そんなつまらんことであってほしくはない。

と、思いながら、焚きあがる火に手を合わせた。

2012年1月 1日 (日)

謹んで初春のお慶びを申し上げます。

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「友達」にしてくださっている皆様、
フォローしてくださっている皆様、
サークルに加えてくださっている皆様、

また現在過去にこの不細工男と面と向かってお付き合いくださり、
いまなおその消息をご心配くださっている皆様、

本年もなにとぞshinchayaをご贔屓賜りますよう
よろしくお願いいたします。

暗いことの多かった旧年でしたが、
今年は互いにこの暗闇を打ち破り、
明るく楽しい年にしようじゃありませんか。

さて今年も元旦の朝も早よから初詣に行ってまいりました。

しかし不覚にも
念願の下鴨神社の元祖のみたらし団子やさんが元旦休業だったばっかりに、
調子が全く狂ってしまって・・・

“o(><)o”くう〜!

そのあと12時間、京都市中を駆けずり回り、
気がついたら有名無名(無名と言うても一部ヲタクには超有名)合わせて
6社も参拝しましたが、

なにぶん今宮神社のあぶり餅にはありつけたものの、
やはり下鴨神社の元祖のみたらし団子やさんが元旦休業だったばっかりに、
狂ってしまった調子は立て直すことが出来ず・・・

ああ o(>< )o o( ><)o 悔しい!

毎年決まって家に飾る破魔矢がありません。
お守りも無名(繰り返しますが無名と言うても一部ヲタクには超有名)な神社のものを一つだけ。

6つも参詣したのだからご神徳はないことはなかろうとは思いますが、

何といっても下鴨神社の元祖のみたらし団子やさんが元旦休業だったばっかりに・・・

( ̄□ ̄」)」☆o(><;)○”くやしい!

元旦早々不安な幕開けとなりました。

冒頭の写真は伏見神宝神社の神龍土鈴。

20120101_02 伏見神宝神社は伏見稲荷大社の摂社で龍神様をお祭りしています。
例年どおり干支に縁あるところを選んで参詣しました。

奈良の神社に比べて、京都の神社は願いごとの対象が明確で、
理路整然というか、システマティックというか、
人工的な雰囲気が僕は気持ち的に苦手で
とくに伏見のお稲荷さんはその思い最たるところですが、
神宝神社は夕方遅くに行ったせいか、
麓の朱塗りのギラギラした社殿とは対照的に
暗がりの山中にぽっかり浮び、いかにも龍が住まわっている雰囲気を感じました。

龍は「水神様」と同一で水源に祠を立てて祀られるせいか、
貴船にしろ、那智にしろ、山深い、険しいとこばっかしで、
都会から行くのはどこもたいへんですね。

どうして海のほうが水がようけあるのに、そんな山に籠らはらんでも、
図体もでかくていらっしゃるのにねえ。

 

あと、今宮神社では拝殿から大鳥居まで参拝待ちの長蛇の列が、
整然とあったのには驚きました。
最近はどこも皆行儀がよいのかなぁ?
やっぱし京都やからかなぁ?

今宮でも大阪の今宮のえべっさんの様子からすれば想像を絶する光景です。
思いがけず時間をロスしました。

 

本日参詣したおみやさん。

下鴨神社・九頭竜大社・今宮神社・許波多神社・伏見神宝神社・瀧尾神社

瀧尾神社に至っては、もう寄っただけ・・・真っ暗、社務所も閉店。

2011年12月11日 (日)

「Happy Feet 2」、観てきました。

「Happy Feet 2」、観てきました。

あのかあいいマンブルの物語の待望の続編です。
しかも今回は3Dで。

子供向けに日本語吹替え上映は各映画館で頻繁にかかってるんですが、
大人向けの字幕版は大阪では大阪ステーションシネマのみ!
しかもアサイチか、最終の上映のみ。

僕が観た10日の20:40からの最終上映で、観客は数名でした。

並行してすすんでいくオキアミコンビのストーリー、
声優をブラピ、ブラッド・ピットがつとめています。
これは字幕版だけのお楽しみです、

3Dってやっぱし凄いですね。
3D映画自体みるの、今回がはじめてだったんですが、
わずか10分ほどのTweetyのおまけアニメで、目前に迫りくるキャラクターに驚嘆の連続で、
本編前にもうおなかいっぱいになりかけでした。

前回披露された圧倒的リアリティなキャラクターと南極の氷の景色が3Dで一段と魅力的でした。

ただ、欲をいえばねえ、

今回の主人公エリックがパパになったマンブルとゾウアザラシのボスと対峙するシーンで
涙を誘われる名シーンもありましたが、

そんなに物語としてつくりこみをしなくても
前作のような笑いの要素満載でキャラクターたちが歌とダンスを披露してくれるほうがよかったのになあ。

エリックもヒナの頃のマンブルより顔つきも擬人化が進んで、個人的にはもうひとつって感じでした。

2011年11月 3日 (木)

「カーネーション」

毎朝、出勤前に「カーネーション」を見ています。

コシノヒロコ、コシノジュンコ、コシノミチコ姉妹の母であり、
2006年に92歳で他界されるまで現役のファッションデザイナーであられた
小篠綾子さんの半生を脚色したドラマです。

前作のドラマ「おひさま」同様に女性が市民権を得ていくストーリーでもありますが、
洋装・洋裁に人生を捧げていく主人公・糸子や師である根岸さんのセリフに
元アパレル社員だった僕はかなり思い入れや刺激を感じたりしています。

このドラマの放映以来、コシノ姉妹がそれぞれにTVで見かけることも多くなっています。

「デザインは若い人のほうが感性が優れていて、よいものをつくる」

私たちデザインにかかわるものを扱う現場ではよく皆が口にし、耳にすることですが、
70歳前後でいまも自ら図案を起こし、生地を裁ち、針をとる現役デザイナーの三姉妹を見れば、
そんな理屈は根拠のない嘘っぱちであることがわかります。

彼女たちと同世代で交流もあるタケオ・キクチ、菊池武雄さんも、
仕事のほとんどを若いスタッフに任せていても、その出来に納得がいかなくて
自らデザインルームでひき直された菊池さんのデザインにはとてもかなわない
という話題もほんの最近聞いた話です。

またデザインというものはそもそも「思いつき」でするものではありません。
私たちが心を動かされるデザインは配色やレイアウトの規則性の美しさがあるからです。
その基礎は勉強すれば誰でも身につくものです。

仕事も芸術も才能ありきだということも、世間では皆口々にそういいます。

「自分の才能は努力で引き出すものである」とコシノヒロコさんはおっしゃいます。

私たちはできないことをすべて「才能」のせいにして、
本当は才能を引き出すための「勉強」や「努力」を厭っているのではないでしょうか。

そんなこんなを思い巡せて、襟を正そうと毎朝思うきょうこの頃です。

2011年9月18日 (日)

やっぱし、やかましかったわ、あのタコ焼き屋。

大和西大寺の職場から歩くこと十数分。

あったわ。
派手な店構え。
看板屋兼務やから書きたい放題。

わ、ほんまにいてるわ。
リーゼントに赤ジャケの店長。

あんまりかかわらんと食うだけにしとこ。

先客帰った。
や、ヤバい。

なんで来たか?
「せやねん」で、みるきーが食べてたからや。

なんか、奥のTVで自分の出演番組の録画まわしはじめよった。

みるきーちゃん見て来てくれてありがとう〜とか
スタンドマイクで歌うで、突然。怖いわ。

来た来た。
冷やしタコ焼き。

うるさいて、食べ方の解説。
そんな山盛りのかき氷、
バランス悪すぎるやろ。

でも、冷やさんでも、タコ焼きそのもの、
めちゃめちゃ旨いやんけ。

でも最後は普通の人に戻らはって、
こっちもFacebookの活用をおすすめしてた。

そんなタコ焼き屋さんですが、
是非行ったげてください。(^^)

ロックンたこ焼ロール・フトマル。

@大和西大寺駅ひとつ西の踏切から北西にぎゅーんとカーブしてるバス道を、
途中で踏切越えて道なりぐあーといったら、
左手にみえるトコ。

写真?

ないねん。
圧倒されて、忘れてました。(^^;)

フトマル
奈良県奈良市西大寺赤田町1丁目2-14
TEL:0742-53-0335
営業時間 11:30~19:30(予約の場合延長可能)

追記: か、書いてやがる・・・。

2011年8月20日 (土)

えぬ・えむ・びーにまつわるお題、その2。

「ぷっちょ」の企画シリーズ商品のおまけで、
AKBのメンバーをデフォルメした「AKBちょ」にNMBのみるきー・渡辺さんが追加されたので、

仕事帰りについ数箱、ぷっちょを買いました。

でも、そうそう期待どおりにいくまでもなく、
AKBのほとんどよく知らないメンバーばかりが手元に残りました。

ネットで調べてみると、「AKBちょ」のコレクターどうしの交換場所がいくつもあり、
mixiのなかにもあって、

交換を求める声のなかに、
僕が持ってるこのよく知らないメンバーを熱望していて、
先方の提供にこちらの希望の渡辺さんをあげているひとが数名いたので、
声掛けしあって、等価交換が成立しました。

驚いたのは今回の交換相手の3人全員が女性だったこと。
そのなかには小学生の女の子も混じっていて、
AKBというグループがオタクな男どものアイドルだけではなく、
女性のかたにも支持され、女の子たちの憧れであることに、
このAKBとその傘下グループの凄さをあらためて感じました。


さて、交換はそれぞれ順調にすすんだのですが、
そのうちの1人がこちらからの現物を受け取っているにもかかわらず、
いっこうにこちらに交換品を送ってくる様子がない。

しかし当人はmixiで日記を継続している。

mixiのメッセージ機能で、状況について質問したが、
これにもいっこうに応えることもなく、その日以降も日記を書いている。

少し気は引けたが背に腹換えられず、
可能だったので日記のコメントに回答を求める旨の内容を書いたら、
次の日、アクセス制限をかけられました。


ご推察のとおり、すでに僕の手元には希望のおまけが2つもあったので、
あとひとつが無くて困ることでもなかったのですが、さすがに不愉快極まりなく、

しょせん、どうも学生のようで、これは見逃して
いつか良心の呵責にさいなまれてくれればよいかとも思ったのですが、

この子が常習か、あるいはこれに気をよくして常習になるのも許しがたく、
法的な制裁の可能性の示唆で社会勉強してもらおうと、内容証明郵便を送りつけました。

郵便局未配達保管の期限が迫っていたとき、
ようやく先方の受領の報告が届き、翌日現物が僕のもとに届きました。


内容証明郵便は相手と自分と発郵便局保管分の3通の内容書面の作成と、
書留配達を絡めるのが慣例で、そんなこんなで千円ちょっとかかってしまい、
ずいぶん高くつく交換になってしまいました。


今回は相手の住所がわかっていたこと、
そこに本人の実在の可能性が高かったので幸い現物を手に入れることに至りましたが

たとえばネットオークションで落札して先に支払い振込は当たり前だし、
交換ならこちらが先に現物を送ることは普通にあるので、

相手が金銭や現物を取得した時点で、ドロンパされる可能性がないかといえば、それは十分ありうる話なんですよね。

もちろんネットでなくても、
実在する相手を目の前にしないで取引することの危険さをあらためて考えさせられました。

えぬ・えむ・びーにまつわるお題、その1。

お盆休みの最終日だった16日に、
NMB48劇場の入場チケットがようやくはじめて当選しました。

でも、公演メンバーがあとから発表されて、
一番見たかったみるきーこと渡辺さんの出演はないことがわかって、残念。

でも、人気メンバーのひとりのアカリンこと吉田さんの「生誕祭」という特別な公演で、
彼女を推してるファンでチケットが取れなかったひともたくさんいるだろうに、
なんとも申し訳ない気持ちで、
でも、見ないわけにはいかないので、観衆とともにお祝いさせていただくことにしました。

以前にも書きましたが、10代半ばにしてここまでかと、
レッスンを積んだ磨かれたパフォーマンスは今回も圧巻でした。


すべての演目が終わって、アンコールで、
ケーキの前に立つ、きょうの主役のアカリンに花束が贈られ、
仲の良いメンバーと本人のお母さんからの手紙が読み上げられたあと、

吉田さんが


「毎日お菓子も食べれんくて、お家も帰れんくて、辞めたいと思ったことは何度もあって・・・」


と涙ながらに正直な気持ちをはいたくだりでは、もう僕みたいなおじさん世代は駄目ですね。

「そうか、そうか」とこっちも目の前洪水になってきて、えらいこっちゃでした。o(T^T)o


NMB48ともなると、僕から見れば、
恋愛対象には見えないで、歳の離れた妹か、年齢的には娘でもおかしくなくて、

公演後は出演メンバーとのハイタッチで送迎されるのですが、
どうも昔、子供服屋さんで年下の女性スタッフたちの上に立ってたせいか、
反射的に激励されずにはおれず・・・ヾ( ̄▽ ̄ゞ)


気がついたら「剥がし」スタッフに強制的に押し流されてしまう始末。

(* ̄  ̄)c<|||▽ )


しかし、終始楽しい。
すごく計算されたエンターテイメントですね。

これはまた観に来たくなるのも仕方ないですね。
歳が近いコならたまらんでしょうね。よーできてますわ。


とりあえず、みるきーに送迎される日まで、もう一回は来たいかなあ。

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関どコ猛虎会。

Cereza関どコ。

目指せ、鹿児島っ。

ピラティスをはじめよう

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認められたい。

蓮花時計。

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