お茶屋再興記。 Feed

2009年4月24日 (金)

お茶、販売します。

このたび神奈川鵠沼のカドマツさんというお茶屋さんと
タイアップビジネスすることになりました。

カドマツの若き店長は、夏も近づく八十八夜に
静岡の天竜の村の茶畑に馳せ参じ、自ら茶摘みして、製茶工場にまで乗り込んで、自ら製茶し、

そのお茶を背負って山を降り、あとは年がら年中
日本全国を回って売り歩く、まったく茶業界の異端児です。

一般化してしまった、科学的に調味されたお茶を完全否定し、
旧来の茶業組合に行動を一とせず、若手たちと連帯して
生産から販売まで、業界全体に新たな潮流を起こさんとしています。

彼は茶摘みする、おじいちゃん、おばあちゃんとともに日焼けして、
職人さんたちとともに茶揉みに汗し、
行商する先の街のお客さまに接客するスタイルをもう5年以上続けています。

上から下まで知り尽くす彼の信念こもったお茶の販売普及に
shinchayaも一翼担わせていただくことになりました。

追記: お茶わけてほしいかた、連絡・コメントください。

2009年4月18日 (土)

迷える者こそ万能だ。

昔僕がいた会社に就職しようと決めるきっかけになった
リクルート広告のキャッチコピーです。

 

SHINCHAYAのホームページを変えてみました。

手ぇ抜きまくりですけど、こんどこそどうにかしたいなぁという、
そういう思いを込めて。

2008年4月20日 (日)

千年千本の里。

25b8zk_z 先祖の地って、何処かご存知ですか?

珍しい苗字なら、すごく絞られるでしょうし、
田舎に行くと村じゅうおんなじ苗字の家ばっかしで、
その地がその場所であることは間違いないなんてかたも
いらっしゃるでしょうね。

僕の苗字はさして珍しいものではないのですが
家業が代々お茶屋であったことが、ほとんど決定的に、ある場所を先祖の地であると判断させてくれます。

その場所は奈良・榛原の仏隆寺のあたり、
お寺の参道にもあたる伊勢本街道の宿場町は僕の苗字とおんなじです。

Wmi5akba 仏隆寺は弘法大師・空海が唐から持ち帰った茶を植えたとされる大和茶発祥の地。

高齢の親族も榛原方面から奈良の市街に出てきたと伝え聞いてきたというから、ほぼ疑いようがありません。

きょう、生まれてはじめて訪ねてみました。
約200年ぶりの里帰りといったところでしょうか。

仏隆寺は参道の「千年桜」でも有名で、
この週末は満開を過ぎて散り始めの頃でした。
樹齢900年の山桜です。

吉野もしかり、麓からえっちらおっちら歩いてきて
愛でるべき、ありがたい桜です。
・・・結構、車で来られるひとも多いんですけど。(-"-;
関西方面では一番最後の桜ですね。

M4cdsccl 観覧料を払って、本堂で空海が唐から持ち帰った
茶を挽く石臼も見せていただきました。

仏隆寺から山畑を大きく周回するように半里ほど下ったところに
「千本杉」があります。
この根元にある井戸こそが村の名前、僕の苗字の由来です。
いまは枯れ井戸ですが、弘法大師も飲まれた霊水だったそうです。

Fr8fi8uw 帰途、村のなかの小さいカフェで食事をしましたが、出されたコップの水は地元の井戸水で、千本杉の井戸とおなじ水系なのだそうで、おいしいお水でした。

年代的には仏隆寺の大和茶が空海が唐より持ち帰ったものだとすると、京都・栂尾の高山寺の日本最古茶園のお茶(宇治茶)より古いことになるし、うーん「日本茶」の元祖はどっちなんでしょうね。

でも日によれば霧も出そうな山斜面と、水がおいしい場所は
やっぱしアッサムや中国の茶産地に似た条件を求めて
移植され、日本のお茶が始まったのは確かみたいです。

Lqvtck1s いまも信仰の対象ですらある千年杉は大きくて、豪快でした。
井戸は枯れてもいまなお旺盛に育ち続けているそうです。
その苗字を名のる僕も、頑張って生きていかなあかん。
おおいに励みになりました。

2006年12月24日 (日)

新線開通。

Ppu7lckc 地下鉄新線が24日12時、いよいよ開通しました。

まったくもって一般乗車の開始ですから、
そらもう試乗会とは比べもんにならんくらい、
いろんな地方から鉄道オタクさんが、めちゃめちゃ来てはりました。
TVのクルーも来てホームやら、車内やらウロウロしてるわ。
出発のほんの1、2分前になってどどーっと乗り込んできて
あっという間に立錐の余地も無い。

「先頭車両は満員につき、もうご乗車にはなれません」

関係者による記念式典が開通時間より先んじて行なわれたようですが
一般乗車の運行時には華やかな音楽も無く、最初に初発電車は出発しました。

いちおう記念に乗っただけで、試乗会で乗車済みですから
ひと駅の往復にしときました。満員で息苦しいし。
とはいえ、こんなに満員で運行するんもたぶん、
一生、今日だけのような気もするんですけど。(--)

追伸。

乗車した立錐の余地も無い初発電車の窓から、
ホームに此花区民のわんこが
新線カラーのオレンジのとんがり帽を被って手を振りながら
出発を見送ってたのを見たような気がしたのですが
どなたか目撃情報、ございましたらお寄せ下さい。
出発前に式典も無かったし、TVのニュースでも情報が無いので
確認が出来ません。

2006年12月17日 (日)

地下鉄新線、試乗会。

わが街を起点に開通する地下鉄新線の試乗会に当選して、参加してきました。(^^)v

なじみの既存線の改札の横から、
見慣れない真新しい通路や空間が展開していくのはなかなかドキドキもんでした。
毎日見てるはずの住み慣れた街に
おぉ、見たことのない世界っ!ですからね。

しかも全国から1,200人も来て同時に待機してるなんて、この街じゃそうそう無い事態です。
大阪市交通局だけのイベントにしておくのはもったいないなぁ。
近くの飲食店や商店街も連携して客引きするべきやったんとちゃうかなぁ。
だいいちこの新線、他の路線とちがって
唯一はじめてキタにもミナミにもビジネス街のどこにも導かれない、
新たに建てるマンションも限界くるし、人口増加も多くは期待できない、
単純に至便性だけで、正直、開通即赤字も決定的だけに
沿線の街が自らひとを呼べる魅力を開拓していかなくちゃあかんと
僕は思うけどなぁ・・・。

ホームの転落防止シールド。車両とホームの段差がほとんどない。
行き先発着表示が線路に平行していて設置されているから、乗る瞬間にもう一度行き先確認できる。
改札〜ホームの移動はエレベーター、エスカレーターも上下双方完備。ご高齢者やハンディキャップのある人に優しいつくり。
車内電光表示も、次駅のエレベーター、エスカレーター位置を案内します。
新線のオレンジカラーは、たまたま他の路線に使われていない色であることは確かですが、
じつはご高齢のかたなど色弱に悩まれるかたにも視認しやすいんだとか。


路線工事や車両のテクノロジーについても、
これまで当たり前のように上り下り線を平行に走らせるばかりではなく、
駅間では上層下層に重ねたり、実際、駅ホームが上階下階になっている駅もあり、
コンパクトでリニア(磁石の浮力)採用で、狭くて急なカーブの連続も運行にも負担なく、
乗客は揺れもなく乗り味に不快感が無い。
はじめて淀川の下をもぐって越えていく路線でもあり、
いろんな意味で進化した電車線といえるでしょうね。

しかし、いちおうこの新線にはさらに南進する話があるけれど、
今回の区間は東西に走る他線と交差する駅が連続するけれど
南進する方向の乗換駅はほとんどなく、
予定終点駅がさらに新線と交わるということ。
難しいのとちゃうかなぁ。

そりゃま、全部出来たら
ウチからタイガースに、さらにセレッソも応援しに行きやすくはなるけど、
ホンマに要るもんだけに税金は使うてもらわんと。(--)

・・・ま、ともかく今日は楽しい思いはさせていただきました。(^^)

2006年12月10日 (日)

1,200/15,000。

地下鉄新線の試乗会に申し込んで、当選してしまいました。(^^;

1,200人招待なんてメチャメチャ多いから
余裕やろと思うていたら、15,000人も応募があったらしい。

4両編成で定員377人らしいので、
たぶん5列車くらい時間差運行するんでしょうね。

採算性が厳しく問われるばかりの新線開業ではありますが、
同伴する親父にも、一週間早いX'masプレゼントになりました。

・・・でも、よー考えたら、次の週には開業するんですけど。(^^;

2006年11月28日 (火)

ちかてつ。

わが街に、新しい地下鉄線が開通します。

80年代のバブルの頃から計画案があり、
2008年のオリンピック招致運動に併せて具体化して
肝心のオリンピックは無くなったけど、
地下鉄は来月、当初の予定の半分の区間ですが
開通の日を迎えることになりました。

税金の適正利用なのか否かの問題はさておき、
新しい電車が走るのですから、「男の子」としては血が騒ぎます。

街は市営交通の終点ターミナルとしての歴史があり、
赤ん坊だった僕をあやすのに、
地下鉄の工事現場を覗かせればおとなしくなったとか、
トロリーバスが走る様子も幼い日の記憶にあり、
老いた親父も市電以来の市営交通の新たな歩みを
また目撃できることをよろこんでいます。

先の大戦の戦火を免れたところが多く、お年寄りばかりで
さびれかかった街は近年、大規模で高層なマンションが林立し、
若い家族の流入がすすんでいます。
新線開通が、この街に新しい顔をつくっていくのでしょうか。

親父が住む、兄の家のそばにも春に地下鉄が延伸し、
新線開通で乗り換えひとつで通えるようになるのも
わが家的には魅力です。ちょっと運賃高すぎるけど。(^^+

小さい頃から、なんでかしら
よく街の地下鉄の駅で誰かが来るのを待ってる夢を見ています。
誰が来るのかわからないのですが、
それを既存線のほうだとばかり思っていたのですが、
ひょっとしたら、この新線やったんやろか?

いま、そんなしょうもない期待もしています。

2006年11月23日 (木)

栂尾高山寺。

ことしは秋になったら、前々から高山寺に行こうと決めていました。

せっかく三尾三山の紅葉を愛でるというのに、
運が無く独りで行くことになろうとは、
ほとほと日頃の行いが悪いからだと反省しきりです。

しかし、自然のまんまの山寺の境内で、着て早々、
肥やし溜めが目的なのか、臭い厠(かわや)の隣の
「日本最古茶園」の前にはりつくような、お茶屋の息子は、
そもそも独りで来るべきだったのかもしれません。

日本最古といわれる高山寺の茶園は、
この洛西の山深い場所で、常時気温が低く、
そもそも高山植物の茶樹には最適な環境じゃないでしょうか。
雨のあとには霧もたつような場所でしょうし、
中国の福建やインドの紅茶園の条件にも似ている気がします。
栄西禅師から茶の種を預かった当寺の明恵上人は、
理由はご存知かどうかはともかく、大陸の茶園を模して育てようとは
意識なさってたのではないかと想像します。

日照時間が短く、光合成が十分でなければ
葉中の旨み成分のテアニンの低減と苦味成分のカテキンの増加が抑制され
まろやかなお茶のための葉ができることが推定されます。

国宝「石水院」では誰も紅葉でそれどころではない御茶席で、
一人だろうが茶をいただかないわけにはいかず、
寺務のかたが運んでこられるまで
出てくるのはお煎茶なのか、お抹茶なのかわくわくでしたが、
目前に置かれたの碗はお抹茶でした。

そもそも抹茶は、ケーキやらお菓子やら、
お茶犬のぬいぐるみについているような、
ああいう人工的な甘い香りではなく、
ペットボトルの茶で嗅ぐような、いわゆるお茶の、
青い、植物的な匂いが、あるかないか程度です。
(稀に香料つきの茶もありますが・・・(--+))
でも、たぶんキリンの茶来の投稿でもふれたように、
摘んだ茶葉を、強めの火にかけて乾かしているのでしょうか
・・・カテキンの苦味かな?
少し高めの香ばしさを感じ、テアニンの甘さといい組みあわせです。

お茶請けの菓子はアンコを薄い円盤状に固めたようなもので
当寺の有名な鳥獣戯画が写された袋にはいっていて、
袋だけでも拝観の記念になります。※

そういえばガキの頃から、鳥獣戯画にもある
カエルやらウサギのようなハネもんが好きなのは、
高山寺とお茶との縁なのかもと、江原啓之さんに言われるかも知れません。

石水院の畳にすわってながめる紅葉は絶景です。
槇尾も高雄もまわらないで、ずーっと気が済むまでここに居てても十分です。
日本の茶の発祥の場所なので、ここからの風景を千利休なども
この風景を茶室の庭づくりに取り込んだのではないでしょうか。

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高雄・槇尾(まきお)・栂尾(とがのお)へは
JR京都や四条大宮からバスが直行で出ています。
ところによっては緑が勝っているような感もあったので、
紅葉は来週でもまだ見頃がキープされているのではないでしょうか。
歩いて巡れる距離ではありますが、問題は高雄の神護寺。
栂尾の高山寺と槇尾の西明寺は歩いてもたいした距離ではなく
すぐ行けるし、なかなか大した紅葉が楽しめますが、
神護寺の山門までの長い石段の修験道の往復はかなり辛いので
体力に自信の無い方は無理しないほうがいいかも。
神護寺も寺院としては確かに立派なものですが、
教科書で見た伝・源頼朝の絵が拝めるわけでもないし、
山門までの途中の紅葉もみーんな食事処の建物がカベになって
食べる気がないひとには迷惑な話。

栂尾→槇尾が歩いてまわりやすいみたいですけど、
JRバスは高山寺を終点に迂回して戻ってくるので、
多くのくそ真面目なお客さんが高雄→槇尾→栂尾と巡って、
高山寺からバスに乗って下りてくるので、槇尾では座る席がなくなってる。
だから、おすすめは槇尾→栂尾で、高雄はパスかな。

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そういえば、高雄って台湾の茶産地でもある高雄(カオシュン)と無縁かなぁ?

北朝鮮で韓国からの観光客を受け入れる名峰「金剛山(クムガンサン)」も
奈良と大阪の間の金剛山と、やっぱしなんか文化的に関係あるんやろな。

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ところで、紅葉というのは、
葉の緑の色素が紅変するのではなく、
もともと葉には赤い色素があって、春夏は緑が勝ってて
秋に緑が無くなってくるので紅く見えるんやそうです。
それも、緑に見えるのは人間が緑のほうを強く感じてるだけらしいのです。

※追記:
「栂の月」というお菓子で、石水院で購入できますが、
メーカーの宝泉堂では「都の月」の名前で販売しています。

2006年4月 2日 (日)

晴れて・・・。

0nq58vfw 日本茶業中央会公認の日本茶アドバイザーになりました。
(ま、ちょっと勉強すりゃ無試験でなれるんですけど。)

まさか4月1日やからって、冗談やないと思いますけど。(^^)

2005年7月29日 (金)

け・ち・っ・!

Adl_93fh 昨年度の1世帯あたりの緑茶の年間消費について

一番購入が多いのは静岡市。総額\11,678。
消費量も1位で、1,985g。

静岡は言うまでもなくお茶の全国一の産地であるから、
みんな舌もコえておられるだろうし、
熱海や伊豆の旅館街で消費されることもあって、納得。

東京都区内は総額\6,455で、消費量が1,009g。

単純に計算するとですが、
東京都区内では100g \600くらいのお茶を、年10回購入ということになります。

横浜市は総額\7,529、1,293gで、100g \625くらいのお茶を年12回購入。
首都圏は似たようなカンジです。

ところが、
大阪市  総額\3,829、1,276g。(100g \320を年12回購入)
奈良市  総額\4,138、1,103g。(100g \370を年11回購入)
和歌山市にいたっては総額\2,921、1,562g。(100g \194を年15回購入)
宇治のお膝もとの京都市でさえ総額\5,350、1,511g。(100g \356を年15回購入)

首都圏と物価に差があるとはいえ、お茶に関していえば
そないに極端な価格差はありません。

なんと、良くいえば経済的というか・・・
つくづく安くてエエもんなんて思想は商売人泣かせな文化です。

そんなもん、安うてエエお茶なんかないぞー!


ちなみに神戸市は100g \480くらいを年8回。
滋賀のデータは、あいにくすいません。ありません。

ちなみに消費量第2位は広島市ですが、
ここも関西並みにケチくさ・・・あ、経済的ですね。

※写真はべつに深い意味はありません・・・。

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