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奈良漬け。

2009年10月13日 (火)

豊心丹。

その昔、といっても戦前まであったらしいのですが、
大きなお寺では、お坊さんが調合した漢方のおくすりが売られていました。
吉野の陀羅尼助などもその名残ですが、
たとえば東大寺には奇応丸とか、いう名前のくすりが。
・・・たぶん直系ではないにしろ、いまの樋屋奇応丸に効能の面で通ずるところがあるのだと思うのですが。

なんでも効くみたいなふれこみで、結局いまでいうサプリメントやら健康食品の類になるのだと思います。

南都・西大寺さんにも「豊心丹」というくすりがあったそうです。

そのおくすりがあったころ、関西方面では、
嫁の尻に敷かれてる旦那どもは「豊心丹」と冷やかされていました。

「妻 大事」のシャレ、いうことらしいです。

2009年10月11日 (日)

西大寺さん。

職場に近い西大寺さんは秋の「大茶盛」がありました。

お茶屋の家に生まれて40余年、ずーっと気になっていた行事ですが、
きょう初めて参加してまいりました。

 

大茶盛は西大寺さんの境内の奥のほうの、
現代的な、大広間のある会館のようなところで行われました。

茶釜を大きく巻くように三重に100人ほどが招き入れられました。

大きな床の間には高僧・叡尊上人の掛け軸と
雪を模した綿を載せた巨大な松の盆栽とその隅に赤い小さな神祠があります。

現在大茶盛はお正月と、春、秋の、一年に三回催されていますが、
そもそもは鎌倉時代の、ある年正月16日に叡尊上人が旧境内地の八幡宮で
村の民人たちの健康を祈念して、当時は薬同様であったお茶を振る舞ったのが
大茶盛の始まりで、その日の雪の降る八幡宮の様子を再現した床の間なのだそうで、
お正月以外の春、秋の大茶盛の機会もおなじ飾りをされているのだそうです。

また大茶盛は場所を八幡宮から西大寺さんに転じていますが、
以来ずっと絶やすことなくつづけておられる行事なのだそうです。

八幡宮は現在の西大寺さんでは境内の外ですが、
いまも在り、西大寺さん周辺の街の氏子衆がまもり、
この日に併せて年一度の祭りが催されています。

 

大茶盛のお茶たては、お抹茶茶碗が巨大なだけでなく、
茶釜も、茶をとく茶せんも、茶釜から湯をすくう柄杓も、
なつめ(茶入れ)も茶杓も巨大なんですよ。

茶道具がの巨大なのはデフォルメされたものだとは思うのですが、
司会進行のお坊さんのお話では、大きなお茶碗を使ういわれは、

叡尊上人が雪の八幡宮でお茶を振る舞おうと、
民人に器を持参して集まりなさいと呼びかけたものの、
民人はお茶がどんなもんかわからないし、どんな器をもっていっていいかわからない。
それで民人が持ち寄ったのはどんぶり鉢が多かったと思われますが、
井戸桶や水がめ、壺のようなものも持ち寄られたことが想像され、
それが大きな抹茶茶碗を用いるもとになったのではないか、とのことでした。

 

大茶盛は「大盛り茶」という意味ではありません。
現在よりははるかに戒律を重んじた叡尊上人時代の西大寺さんにあって
酒はご法度。
酒盛はできないから「茶盛」しようという、ということのなったんやそうです。
最初のいきさつはともかく、後年はお寺と民人を交えた余興だったんでしょうね。

お坊さんは、
まさか床の間にクリスマスツリーがあったなんて他所で言わないでくださいとか、
なかなかお上手な関西人トークでした。

 

この日だけのお菓子である「西大寺餅」が配られ、大茶椀がまわってきました。
大人の男でしたから、ひとりでおし頂きましたが、やっぱしまあまあ重かったですよ。
落とさないように気をつけながら、恐る恐る頂きました。

およそ5人に1椀ずつ配られた大茶椀のいくつかは奈良絵の赤膚焼、
生駒の高山の茶せんと、茶道具には奈良の有名な生産地のものが使われていました。

でも茶詰めは京都の小山園さんの大茶盛用のお抹茶なのだそうですが、
これが大和茶でないのが、やっぱしちょっと残念かなあ。
大和茶がブランディングされはじめたのは、ほんま最近やし、
仕方ないかなあ。奈良の茶業関係者、頑張ってほしいです。

 

ところで、西大寺というと、
関西の人の多くは直感的に近鉄の「大和西大寺駅」とその周辺と理解します。
驚くなかれ、超・地元の奈良県人でさえお寺のほうを思い浮かべないひとのほうが圧倒的に多い。

西大寺のお坊さんも電話帳で調べられたのか、一般の方から
寺務所に始発やら乗換えの問い合わせがちょくちょく入るそうです。

意外と首都圏や関西以外からの観光の方のほうが、
素直に「東大寺」の対としての「西大寺」という連想をされるみたいです。

岡山から西の地方では「西大寺」は「はだかまつり」で有名な
岡山の西大寺のほうを思い浮かべるかたのほうが多いかもしれません。
奈良の東大寺の対はこっちのほうだと思っているかたもおられるかも。

いうまでもなく、奈良時代に東大寺建立から10年のちに、
南都・西大寺が出来ていて、岡山のほうがずっと新しいのですが、

なんで、岡山に西大寺があるのでしょうか。

 

ちょっと調べてみますと、岡山のほうでは奈良の西大寺さんとは
全くの無関係というのが「定説」で今日まであるそうなのですが、
じつはそれはずいぶん偏った解釈なのだそうで、

そもそも岡山には「西大寺」を冠するのは
「はだかまつり」で有名な「西大寺観音院」と
もうひとつ「西大寺普門坊」が存在し、
「観音院」は奈良の西大寺さんとは無縁と言い切れますが、
「普門坊」は叡尊上人と縁もある、正真正銘、奈良西大寺さんの末寺で
おなじ真言律宗で、

なにより奈良・西大寺の末寺がなぜ当地に置かれたかというと、

そもそも奈良時代の西大寺さんの寺領が、まさに当地であり、
かつての奈良の西大寺さんが併設していた尼寺の「西隆寺」さえ
そこにあったくらいで、

岡山に「西大寺」があったのではなくて、
「西大寺」という土地にお寺が建てられたというのが、
どうやら歴史的に正しいみたいなのやそうです。

 

「西大寺」のお寺と地名の認識が現在の関西の場合と
180度ひっくり返ってるのがなんか面白いですよね。

2009年8月15日 (土)

テラ。

「ほら、○○ちゃん、まんまんちゃんしよか。」

まんまんちゃんとは、南無阿弥陀仏の幼児語略である。
近畿・北陸とその周辺の阿弥陀信仰が深く根付いている地域で生まれた言葉だ。
でも、いま目の前にあるのは観世音菩薩やから、
まんまんちゃんはあかん。
のんのんさまが正解。

のんのんさまは阿弥陀信仰の前の時代に観音信仰が普及し篤かった地域で使われる。
その音からももとは「観音さま」であることはうかがい知れる。
近世以前の日本文化は京都を中心に同心円状に外へ拡がっているので、
観音信仰はおおよそ阿弥陀信仰の地域の外側にある。

こら、そこのおっちゃん。
なんでかしわ手なんか打ったらあかんやろが。

なんでやて?
あんた歳いくつやねんな。( ̄^ ̄)

サンデー毎日なご身分のかたに
こういう先達がたまにいて、
次世代に堂々と誤った見本されては困ったもんである。
合掌礼拝(がっしょう・らいはい)。

2009年5月 7日 (木)

大和西大寺。

面接で、大和西大寺まで行ってきました。

西大寺のお寺が間近だったので、はじめてやったし、
就職祈願もかねて、寄ってきました。

 

西大寺見取り図 本堂に境内見取り図がはってありました。

境内地にお寺経営の幼稚園があるのですが、

「堂本剛 出身」

って貼ってある付箋が、
お堂やお寺の建物のどれよりも目立ってました。

2009年4月18日 (土)

寧楽。

良いお天気ですね。

きょうも、剛紫さんのおかげで平城宮跡のなか彷徨ってるおんなのコ、
多いらしいですよ。

このあいだまで、ならまちあたりは玉木さんファンであふれてたのに。

なんば線も開通して来易くなったしね。

万城目さんの小説がドラマになって、
こんどは剛紫さんが歌をリリースして、
多分に来年の遷都祭につながることを意識してる感があるけど、

そもそも奈良は万葉集もしかり、
太古から雅な文化都市、芸術に先んじた都があった場所なんですから、
こうして文学や音楽で陽があたるのは、あるべき姿だと思います。

条件だけを並べれば京都に似てるけど、
工芸とかお菓子とか物質的文化が際立つ京都のようではなくて、
やっぱり神代につながる時代の都があった奈良は、
物語や、歌や、情緒的文化を大事にしてほしいなあと思います。

東大寺と、春日大社と、興福寺が、
垣根なく鹿が行きかう芝でつながっている、その感覚のまんまで、
これからも。

2009年4月16日 (木)

「美我空」、剛紫。

曲解しているかもしれないが、
彼は以前何かの機会に次のような話をした。

 

30歳になるが、将来は自分の拠点を奈良に移したい。
実家のある奈良に帰った時の、ホッとした、解放された感覚の「本当の自分」で活動したいという、そんなような内容だったように思う。

 

彼は平城宮跡が好きで帰省すると必ず訪れる場所で、
寝転がったり、ぼーっとしたりする心のよりどころなのだそうである。

偶然とはいえ30歳を超えてすぐ、
彼が大好きなその場所で、遷都祭がおこなわれることも、
彼が奈良を想う心を大きく突き動かしているようだ。

 

こんどのアルバムの題字は自ら奈良筆で奈良墨つかって書いたそうで、
自ら撮った奈良の空や桜の写真を使い、
PVも奈良の風景がふんだんに織り込まれている。

 

奈良が父祖の地である自分も、
そういう彼のこれからの活躍を歓迎し、期待し、応援したいと思う。

2009年1月 2日 (金)

味覚のDNA。

去年、奈良に通い詰めしてたある時に頂いたカタログのなかに
奈良の雑煮に関する記事があって、それがずーっと気になっていました。

それというのも、奈良の雑煮は、白味噌の関西風で
それに関しては京都や大阪とかわらへんのですが、
な、なんと、雑煮から餅(焼いた丸餅)を陸揚げして、
砂糖きな粉にまぶして食うのが慣わしなどと書いてあったのです。

わが家は祖父母の代以前は奈良の家系なのですが、
親戚一族、そんなことやってる家ありません。
餅を焼くのは京風ではないのやなあくらいは思うてましたけど。

で、ことしは奈良系三世大阪人としてはやっとかな、と思うて
試しました。(^^)

これはご飯になるのか、おやつやお茶請けになるのか、
どういう位置づけになるんでしょうかね。

酢豚のパイナップルが許せないとか、
砂糖をつかう甘い卵焼きがあかん、おはぎが食えん、
ところてんに黒蜜はなしやろ、とかいうカンジの人は無理ですかね。

僕はその逆なんで、まるっきしOKですけど。

広東、台湾、香港、ベトナムや赤道に近いところのお茶は
砂糖や蜂蜜を入れて飲む習慣があり、
四川や朝鮮半島では唐辛子の辛い食べ物が好まれる。

北と南から日本列島に流れ込んで、その子孫が日本人になったわけで、
僕らの個々のDNAにどっちかが味覚に現れてるのとちがうでしょうか。

奈良はその後都が遷った京都と違い、大和時代から仏教をはじめ、
アジア南方ルートで流入した文化をストレートに受け入れていたがゆえに
こんな雑煮もあるんかなぁとか思うんですけど。

2008年12月 8日 (月)

友情は誓わないらしい。

問題の3人が揃って初顔合わせしたらしい。

せんととまんとはイベント2日めで、
かなりダンスやりこんだ感があるが、
なーむは何ええかげんにごまかしとんねん。
女らしい動きやけど、
おまえ、なーむ「くん」やったよな?

2008年11月24日 (月)

多武峰(とおのみね)。

20081124_01 子供の頃から、紅葉をともなって立つ十三重塔の姿がずーっと気になっていて、
ぜひ見たい、それも紅葉の秋に行かなならんと思い続けて、
やっと今年、一連の“奈良行きたおし”の流れで、行ってしまいました。(^^)

見頃になるの待ちに待って、燃え立つような真っ赤っかが希望でしたが、
まあ、桜井に住んでるわけでもなく週末で予定立てるとなれば難しく、
そこのところは斟酌するとして、

きょうは昼から雨模様。・・・断念・・・
アホかっ!朝のうちに行ったらええがなっ!と、早起きして行ってきましたっー!(^^)

桜井駅の南口からバスでどんどん山道をあがっていくこと25分、
急な石段なんかもありますが、意外とコンパクトなお宮さんです。

 

十三重塔、意外と、ちっちゃ!

 

やっぱし名所ですね。絵にはなってます。
神社のほとんどの棟には入場できて回廊からはきれいな色彩が楽しめます。

でも気になるのは拝殿にも宝物をこれみよがしに展示して、
本殿の鎌足公を拝むことに気づかないで帰ってしまうひと、めっちゃいてるで。
神社ですから。賽銭あげて、ぱんぱんして帰らんとおかしいでしょ。

お守り買うて、おみくじして、帰り道、「あれ?拝んだっけ」って
絶対そないになってますよ、みんな。
ましてや紅葉に気ぃとられてたら、よけいですわ。

あ、それで入山料、とられるんや。
なるほど神社側はきっちりしてはるわ。

またタイミングが合えば、子供の頃のあの写真にあった、
真っ赤っかのときに行ってみたいですね。

談山神社や勝運の神さんで、
あと、蹴鞠で有名な神社なので、サッカーで頑張ってる子供さんをもつ親御さんは
是非連れていってやってください。JFA関係者も来てますから。(^^)

2008年10月26日 (日)

正倉院展、いってきました。

悪天候なせいもあったのでしょうか。
それとも動員・誘導のレベルが高かったのか、
わりとすんなり入れて、館内の人は多かったけど、
わりとゆったりもれなく観れました。

やみくもに展示しないで、若干少なめでゆっくり見せてる感じ。
でも損した感はありません。

年一回だけの博物館展示はやっぱし見とく価値はありますよ。
千年以上前の文明遺産ですから。

第一回展示以来のぎやまんのグラスも大したもんですが、

奈良時代の写経は国家をあげた一大事業で
多くの宮殿の役人やらが、所属部署から「出向」してまで
写経に参加しているのだけれど、
おできができたとか、家のどこかが壊れたとか、申告して
写経の仕事を欠勤したり、写経をサボったことで始末書書かされて、
「反省します、もうしません」みたいな記録とか、
浜に流れるついた椰子の実に顔描いてみたりとか、

ちょっとほのぼのする展示もなかなか必見でした。(^^)

2008年8月20日 (水)

負けんなよ、まんと。

で、出た・・・。

兄貴とお爺はんもおるらしい。
おかんとおとんも見てみたい。

2008年8月15日 (金)

万燈籠・萬燈供養会・大文字。

もちいどの商店街の一角で「まんとくん」イベントが開催されていた。

会場前でまんとくんサンバイザーが配られていて、
どおりで界隈それを被ったひとがあちこち往来している。
同所ではないが、まんとくんグッズも
すでにせんとくんグッズより先んじて、販売も開始している。
もちいどのや近隣の商店街ではどちらのイラストの装飾も施されている。

「なーむくん」はビブレの玄関のちっちゃい飾りひとつしか見てないなぁ。

ならまちへ移動して、カナカナで遅い昼ごはん。
店の場所がうる覚えで、少し探すことになった。

春日大社の一の鳥居からしばらく森の中を歩いて、二の鳥居をくぐる。

夕闇が迫り、すでに万燈籠を観に来たひとが大勢行列をなしていて、
本殿に真正面から迎えず、夫婦大国社のほうへ誘導され、
若宮社の境内を横切って本殿のほうへ向かわされる。
道すがら、若宮社で紙カップの供灯を受付していて、
これに申し込むと本殿内に入場ができ、
より多くの燈籠を見れる拝観券をいただける。

Mantohroh半時ほど行列で待たされて、本殿内に誘導され、なかなか幻想的な・・・とは言い過ぎか。
みーんなケータイでパシャパシャ撮りまくりでかなり世俗的。

神官の様子が珍しいからって、神様に真正面からカメラ向ける罰当たりな連中。
すぐ横で神職のかたが注意してるのちゃんと聞けよなぁ。




春日さんから飛火野のあたりに戻ってきた頃、
ちょうど読経が終わり、高円山に大の字の火が灯った。
飛火野の、「鹿男」小川センセが突き落とされた川の南側に
誘導されたけど、いまひとつ見にくかった。


飛火野を背に北へ大急ぎで移動。
東大寺さんも萬燈供養会で、大仏殿境内に無料入場できる。

参道の土産物屋あたりの人の群れに混じって、
普段なら若草山や春日の森に寝に帰ってるはずの鹿たちも、
遅くまで賑やかで明るい付近の様子に勘違いして
昼間同様にうろうろしている。

Mantohkuyoh_2仁王が立つ南大門を抜けると中門まですでに長い行列。待つことまた30分。
大仏殿の窓から覗かれる大仏様のお顔。
殿にむかって三列に整然と、あるいは殿の石段に沿って並べられる四角い灯火。
雑誌などではよく見る光景も、やっぱし見てなんぼ。
仏さんに神々しいはおかしいけれど、なかなかのもの。
行事の意図を思い出して、あらためて合掌。

同時開催の三つの行事はそもそもは県内の戦没者の霊とお盆にあわせた先祖供養の行事。
僕自身も親父の初盆でもあり、
えっちらおっちら歩いていっぺんに見るだけの価値はあったように思う。

でもいまやインフレと、遠出したり遊ぶお金のない若いコたちが、
無料やお金のかからないイベントに群がるのはここに限らずどこでもそう。

ただのお祭りと化し、
社寺の法度も交通法規もへったくれもない、悲しい状況。
若いコだけの責任とは言い難いし、どうにかならんもんかなぁ。

2008年7月21日 (月)

しかおとこDVD。

Amazonで予約していた「鹿男あをによし」が、突然送られてきました。

「あ、出来たんや。」

放送時期と季節はすっかり様変わりして、
しばらく生シカにも会ってませんわ。

夜中、懐かしく観ました。鹿男の奈良、やっぱし面白いです。
まもなく一年の喪があけたら、鳥居をくぐるの遠慮してた春日さんと
東大寺の万燈籠を楽しみにまた奈良に行きたいと思っています。

しかし独特のこの万城目ワールドをさらにパワーアップしたのは
じつは玉木宏ではなく、綾瀬はるかだったこと、・・・再認識。

2008年5月24日 (土)

国のまほろば。

Z29egh9v パソコンも電卓もない1,300〜1,400年も前に、
どないしてこない大きな仏様つくったり、
どないしてこない大石運んできたり、
どないして都の条里が引けちゃったのか、
考えたら奈良のもんって、凄いと思いませんか。

僕はWeb屋ですけど、
べつにユビキタスの使者なんかになりたかないし、
デジタルな便利さこそが幸せやとか思いません。

2008年5月18日 (日)

気になる石舞台。

鹿男あをによしDVD!あちこち奈良詣してて、
抜けてるとしたら、やっぱし明日香やろっ、
と思ったので、行ってきました。

途々、橿原の今井町にも寄り道もしたのですが、
ここも大がかりなイベントやってるわ、
(屋台もんが安くてエラい食うてしまいました。)
飛鳥資料館ではキトラ古墳の壁画資料の公開やらで、
きょうは橿原から明日香方面がスゴい人出でした。
桜井方面はぜんぜんおとなしかったんですけど。

飛鳥資料館の催しも興味はありましたけど、
入場まで3時間待ちとか、ありえへんし、即スルー。(- -)

万葉文化館に行きました。

万葉集の世界を体感しようというコンセプトらしくて、
歌に詠まれる草花がある庭園やら、
館内もまだまだピカピカに清潔で、
飛鳥周辺の民人がどんな生活をしていたか、
建物やら人形で再現してたり、
有名な歌人についてのグラフィックムービーやら、
立派、立派、贅を尽くした感じですが、
そもそもここは何かというと、池工房遺跡といって
飛鳥時代に金属品の鋳造が行われてたと考えられる遺構で
和同開珎より古い「富本銭」が出土している場所なのです。

日本貨幣の歴史の色を塗り替えたモノ凄い遺跡部分を
そのまんま保管維持するようなものをつくるでもなく
床ののぞき窓にだけ残して、コンセプト違いなもんをつくるような
税金の無駄遣いする奈良県を、
隣接する明日香村所有の「酒船石遺跡」のガイドのおっちゃんは
ア○よばわりしていました。
僕も、確かに素敵な施設ですが、
この国の将来の繁栄を夢見た飛鳥・万葉びとが
これを喜んでいるかは疑問に思うなぁ。

「酒船石遺跡」は万葉文化館に隣接しています。
明日香村が万葉文化館につながる遊歩道を整備しようとして
偶然見つかった遺跡で、
明日香村は国のお達しで土木工事より遺跡が優先されるために
遊歩道計画を中止して掘り出された状態でそのまんま残されて存在しています。

やっぱし、明日香村に来たら、
石舞台は見ていかんと行ったうちに入らん気がしたので
脚を伸ばしたのですが、やれやれここも公園部分で村のイベント中で
駐車場も満杯、うじゃうじゃ人だらけで、
なにがいにしえや、国のまほろばやってカンジですわ。
のどかな田園風景を期待してたのに、ぜんぜんですわ。

石舞台古墳って、こんなんでしたっけ。
はじめて来たのかなぁ?
来たことあるような気がするんですけど。
やっぱしひらけすぎちゃったんかなぁという印象です。

古墳の中もはいれます。
こんなでっかい石をどないして切り出して、どないして積んだのか、確かに見てて不思議です。

でも伝・蘇我馬子墓ってことなんですけど、
それなら蘇我氏は日本の仏教伝来に尽力したといわれるくらいやから
当然仏教に帰依してて、当然その墓も仏教精神に基づくはずやと思うし、
ということは、いっぱしの仏教遺跡やったんやろか?
むき出しの現在の姿に何も感じようもないんやけど。
石棺があったと推測されてるけど、
仏教伝来に尽力するほど信心深いのなら、即身仏とかしてる可能性かて
僕はあると思うけどな。
なんか、やっぱし蘇我氏の墓とは違う気がするなぁ。

追伸。
○○さん。

元気ですか?
新しい仕事、順調ですか?

2008年4月28日 (月)

蘇。

西井牧場さんの「飛鳥の蘇(そ)」。
香久山山麓の実店舗には行ったんじゃあないんですが、
唐招提寺の前にある「きとら」さんで買いました。

80gで1,050円ですよ。(@o@)
どんだけ、ちょっとの贅沢やねん。

「蘇」というのは飛鳥時代に天皇や貴族だけが食せた、
チーズのようなもので、
たぶん中央アジアあたりからシルクロードをたどって
飛鳥に移り住んだ渡来の酪農民が日本に持ち込んだのものと
考えられています。

西井牧場さんが史実に忠実に
しかも飛鳥の地に自前の牧場を構えて、
そこの牛さんのお乳をつかった、混ぜもんもしない、
完全復刻の「蘇」です。

不思議な味ですね。好きなひとはハマられるかも。
僕は・・・えっと・・・いい経験しました。(^^;

西井牧場さんの「酪(らく)」も「美留久(みるく)」も
いただきました。

これはどっちもおいしかったです。
とくに「美留久」が。
なんの小細工もない、搾って冷やしただけみたいな
新鮮な牛乳の味。めちゃウマいです。(^^)



「きとら」さんで西井牧場さんの蘇、酪、美留久とセット売りされてる
「乳華」も凍らせてシャーベットにしても楽しめる、
なかなかイケる乳酒です。

ものごとの一番佳境なところを「醍醐味」と言いますが、
その「醍醐」はそもそも蘇や酪の一番おいしい状態なのが語源で、
どんな味なのかはなんの資料もないのですが、
そのまさに「醍醐」を想像で再現してみようというのが
この商品のコンセプトなのやそうです。

2008年4月13日 (日)

♪ありゃりゃこりゃりゃと驚いた、花の吉野山。

Xgs20nsm 親父は生前、感心したり驚くような話をきくと
そう節をつけて口ずさむのが好きでした。
昭和のはじめ頃の落語家か漫才師の誰かのセリフだったのでしょうか。

江戸時代、芭蕉と同じ頃の、安原定室という俳人が「これハこれハとばかり花の芳野山」と詠んだ句があるらしく、たぶんこれをパロったんでしょうね。

40余年めにして、またしても初めて桜を観に吉野に行ってきました。

ここのところ40余年見てこなかったものを見に行こうと
どうしてこう躍起になるのでしょうか。
死期でも近づいてるんでしょうか。

ま、そんなことはともかく、
この時期にはTVの全国ネットにもとりあげられる吉野山の桜。
実際にこの目で見てみると、いやはや、
やっぱし親父が言うように、ありゃりゃこりゃりゃと驚いて不思議でない、
定室もつぎの言葉を失うほどの、見事な光景ですよ。

日本国中見回しても、山肌をピンクに染める、
こんな場所、ほかにありますか?

関西に住まれているかたならなおのこと
是非一度は行かれること、おすすめです。
大阪城公園も夙川も、京都の桜もホンマ、相手になりませんから。

「いや〜ん、ソメイヨシノいっぱいやん。」

違うって。
ソメイヨシノってのは、染井村(現在の東京都豊島区駒込)の植木屋が、
江戸時代末期に品種改良した園芸品種。
植木屋が吉野の桜だと言って、売ってまわったのです。

吉野の桜はみーんな自生の山桜。

じつは全国どこの桜の名所もほとんどみんなソメイヨシノで
おおかた僕らが愛でているのは「植樹」なのです。
だから、どれも確実におなじように花をつけるので
気象協会は各地の開花時期をほとんどまったく誤差なく予想できるのです。

先週に中千本が、今週は上千本が満開を迎え、ピークの人出です。
ロープウェイの順番待ちなんかしてたら、1時間以上待たされます。
七曲の坂も上ってみれば、そないに大変でもありませんでした。

でもロープウェイなのになんで「ケーブル」って名前なんやろか。

でも、吉野の桜見物は「花見」というよりはやっぱし、山登りしてる感じは否めません。
いや、そもそも素晴らしいもの観るのに
昔のひとはこうして歩いて登ったからこそ有難みもあるわけですよね。
帝(天皇)も奈良や京都から行幸してきはったわけですから。

中千本の土産物屋の庭先の桜の写真撮るひと。
それは自生の吉野の桜と違うって。

3ffh8dtt 吉野は大海人皇子(天武天皇)や源義経、
後醍醐天皇が身を潜めた場所で
歴史的なもんも見どころが多いんですけど、
桜を愛でるなら、僕もそうしたのですが
やっぱし上千本の水分神社くらいまで登って帰ってくるのが
ええでしょうね。

道中の甘味処の縁側に居たお店のおんなのコに惹かれて
くず餅、よばれてしまいました。(⌒・⌒)ゞ

古い建物のお住まいをそのままお店にされているようで
通されたのは普段は仏間みたい。
おばあさんが葛を出してこられたふすまのむこうに
御仏壇が隠れているように見えました。
まさにお家にいるような、ほっこりくつろぎ感のある良い雰囲気でした。
靴を脱がず縁側席でも頂けます。
ちょっと人通りが気になるけど。(^^)

2008年4月 5日 (土)

ここから見下ろす景色に元気が出る。

Lpgvyypy 毎週見ていた
キューティーハニー
鹿男あをによし
が終わって、楽しみが減りました。(ToT)

小川センセイと藤原くんがチューした奈良の若草山はお水取りが終わった翌日から山開きしていて6月まで山斜面を遊ぶことができます。

若草山のことを年輩の方は三笠山と呼び、
それが奈良土産の最中(どらやき)の
「みかさ」の名前にもなっていますが、

じつは若草山の隣の春日山も「御蓋山(みかさやま)」の異名があって
若草山はそもそも小高い山が手前から奥へ
三つ重なって頂上があるから「三笠山」という名でよばれてきたのです。

でも、三層目の頂上まで行くの
麓のほうから見て思うほど、ラクやないんですよ。
もちろん車でドライブウェイ使うと楽勝ですけど、
市街から奈良公園を回遊する気分で気軽に登るのは考えもの。
ヒールやパンプスのおんなのコの脚では危険。
麓から登るんやったら、スニーカー履いてかなあかんよ。

登りやすそうと、春日山遊歩道のコースをとっても
とんでもなく大変。
麓の入山口から登り降りするなら、向って左(北側)の登山道がおすすめ。
それでも全然楽やないですけど、
途中から道ではなく芝の大斜面になるから右(南)の登山道よりマシ。

小川センセイと藤原くんはいったいどんだけ健脚なのかって話です。

三層目の頂上には鹿がいます。
夜になるともっと多くの鹿が公園のほうから登って来て
寝ぐらにしているらしいです。鹿も健脚ですわ。


天然イチゴのお酒【飛鳥るびー】300ml奈良のみやげ選びには、県庁の並びにある商工観光館の
「きてみてならSHOP」もおすすめです。
県内の確かな腕の職人がつくった、価値ある、
「ナラでは」のおみやげが
ホテルのみやげコーナーのような品のいい空間で選べます。

みなさんも次の機会にぜひ行ってみてください。(^^)

2008年3月20日 (木)

終わりよければ、あをによし。

あー終わってしもうた。鹿男。

相沢友子さんの脚本なのがよかった。

万城目学さんの男目線では流された、
女性キャラの思いとか、僕は原作以上に評価して、
ノベライズしてほしいと切に願います。

それと、大阪人の僕ですが、
半分流れてる父方の奈良人(ならんと)の血を沸き立たして、
たびたび奈良に足を運ばせ、はじめてのところへ行ったり
再発見するキッカケをくれました。

綾瀬はるかさんもよかったなぁ。
母方の同郷の広島人のせいか、いつもとてもなごみます。(^^)
んなのは、彼女だけのキャラかもしれませんけど。

2008年3月16日 (日)

鹿寄せ、観てきました。

詳しくは言えないのですが、
亡くなった親父の負の遺産が発覚して、ここのところ気が重いです。(-"-;

というわけで、気晴らしでもしようと、
奈良へ行ってきました。・・・また奈良かよ。

というのも、この冬の「鹿寄せ」が最後の週末やったからです。

「鹿寄せ」というのは鹿を呼び集めて、朝ごはんをあげようという、
奈良の冬の名物行事です。
調べてみると、毎日やらなあかんものでもなく、
もともと行幸された天皇陛下にご覧いただくとか、
通常は希望の方の予約で、おカネをもらって鹿愛護会が
行うイベントなんやそうです。

でも、今年は2月から観光協会のキャンペーンで
特別に(たぶん、「鹿男あをによし」のドラマにあわせて)
連日朝10時から開催されていて、今月18日でまで行われることになっています。

ってことで早起きして8時台に近鉄奈良駅に到着。
最近の観光ポスターのとおり、朝の奈良公園周辺はなかなか、すがすがしい。
奈良に宿泊されている関西圏以外のかたがそこここ徘徊されているだけで
あいてるお店もそこそこで、この静けさはかなりおススメです。

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時間があったので、南のほうの浮見堂に行ってみました。
じつは初めてやったんですよね。ここも。
来週最終回の「鹿男」にも出てきます。
この風景も人がガヤガヤいない、朝が絶対いいと思いますよ。

浮見堂の鷺池から鹿寄せの飛火野へ移動。
着いた頃は自分も入れて指で数えるほどのまばらな観客が、
鹿愛護会のスタッフが到着するころには子供会の遠足みたいなのもやってきて、あれよあれよで100人は軽くいたんとちゃいますか。

「鹿寄せ」についての説明があってから、定刻10時に
春日大社の下がり藤の紋がはいったジャンパー着た兄さんが
ホルンで楽曲を吹き鳴らします

ベートーベンの「田園」の一節らしいんですが、
あーだから「鹿男あをによし」のオープニング曲や
挿入曲はホルンから始まるんやと、納得です。雰囲気よく似てます。(^^)

で、ホントはそれこそ「鹿男」のエンディングさながらに、
そらびっくりするくらい、数百頭もの鹿が四方八方、林のほうから
猛ダッシュでやってくるものすごい光景になるはずなのですが・・・

 

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先頃のニュースのもあったように、そもそも鹿寄せ観る客なんて
これまで1人の日だってあったのに、今年は「鹿男」人気で
連日こんな大観衆で、林のほうから出てくる鹿も幼稚園の遠足みたいに
列をなしてとぼとぼ神妙な様子でやってきて、
それこそ「鹿男」のエンディングのようなイメージとは全然ちゃうかも。(- -;

 

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だいたい、ホルンが鳴る前から今だけ人がおるから
先に待ち構えてせんべいねだる鹿もようけおったりするしで、
ホンマの「鹿寄せ」らしい「鹿寄せ」見たかったら、
また「鹿男」ブーム落ち着いた今秋以降、
観にくるしかないでしょうね。

「鹿寄せ」観終わったら、三条のもちいどのあたりに戻って、
数量限定の「奈良茶飯」のお弁当買って、
またこんどはこの週末から開山した若草山に登って昼飯にしました。
・・・意外と登るの降りるの芝の急斜面でたいへん。(@_@)

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奈良の茶飯自体はじめて食しましたが、
お茶らしい苦みと青いさわやかさでおいしいです。
大きな茶わんで食べたいところですが、市内の店だと懐石メニューなので
そうそう食べれません。今回は大和肉鶏や大和牛もはいったのでしたから、
また次の機会はご飯だけの弁当を買うてみたいと思います。

 

6enr7aqw shinchayaんちの先祖に縁ある大和茶も、奈良ならペットボトルで買えます。

ドラマの最終回では小川先生と藤原先生の決定的シーンが
若草山であるような予告編でしたね。
奈良公園や主要な奈良の建物が一望できます。

そのあと、30余年ぶりくらいに大仏見て、

 

三条に戻って、JR駅のほうへ向かいながら、
最近話題のへんなTシャツ
その店のお茶
買うて、
JAのアンテナショップで「あすかルビー」のジャム買うて、

 

 

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帰る足で、鎮めの儀式の場所も寄ってきました。

・・・結構不便な場所ですね、やっぱし。
1300年祭のアクセス、だいじょうぶなんですかね。

2008年3月15日 (土)

ドラマ「鹿男あをによし」最大の謎っ。

確か2007年の神無月の31日は、
月曜日ではなかったはず。

ともあれ、原作の展開よりも面白い。
いよいよ次回は最終回かぁ・・・。

2008年3月 8日 (土)

鹿男、さうんどとらっく。

「鹿男あをによし」のサントラ、買うてきました。

ショップが仕入れを油断したのか、ほんまに予想以上の反響なのか、発売初日に買えず、土曜になってもミナミやキタの主要なお店にはぜんぜんありませんでしたが、たぶん、玉木宏ファンが来るはずない、と予想して行った日本橋にはありました。(いまから行って無かったらごめんなさい。)

40年も大阪市内にいると
日本橋のへんも当然に地理には大概詳しいのですが、
最近はなんかうろうろしてると
すぐメイド服の萌え女子から
喫茶店やらなんやらすぐチラシわたされます。

どうも、その手合いの連中と同一視されてるみたいなので
気をつけたいと思います。

奈良を題材にしたものがこれまでこんなに注目されて
しかも他府県で売リ切れしてるもんがかつてあるでしょうか?

ドラマをご覧の方はご存じでしょうが、
フルオーケストラ演奏で、音楽としても完成度は高いと思います。

ケースの裏表紙の薬師寺の写真、この構図はよく見かけますが、
じつは親父の最期になった病院の敷地からしか撮れないのを、
僕は知っていて、個人的に特別な思いを感じています。

平城遷都祭の「童子」さんについて。

Bqevppeu blogのお友達のmixiの投稿にコメントで
好き放題言い散らかして帰るわけにもいかないし、
かというて、そこに集ったひとたちに
僕の真意が伝わった気がせえへんので自分ちで書いときます。

僕はね、市民の反対署名はアリやと思うてます。

あのキャラクターのデザインがどうやということより、
市民にべつに断りもなくキャラクターを決めて、
ほんで名前募集の段階になって突然あれが出てきたわけですよ。

出来レースでもよかったから、
やっぱしもっと早い段階で他の案と併せて
市民に披露しとくべきやったと思いますよ。税金500万もするんやし。

いまさら反対署名やったって決まったもんは覆らんとしても、ええんです。

要は市民が行政にまかせといたらあかんということに、
行政が市民無視したらあかんということに、これで気づくことが大事。
運動して、足跡残しとくことには大きな意味があると思います。

市民がなんもせえへんかったら、これからも
また行政が知らん間に、へんちょこりんなもんにお金使うの、
止められへんのです。行政はそもそも市民生活の安寧のためにあるんやから、
市民がされ放題で泣き寝入りすること、絶対ないんです。

せやから市民も選挙もいかへん、政治に無関心であったらあかんのですよ。
道路工事やら、箱モノつくるわ、
遷都祭もホンマに望んでたのか、
選挙の時点で参加してへんかったら何も言われへんねし。

それもあのおんなじ県内の事件やった、
副業の土建屋の市職員含んだ談合みたいことになってたら目もあてられん。
僕は反対運動できるような市民がちゃんと奈良に居って、
ちょっとよかったと思うています。

しかし、シカだけ題材にして
かわいいキャラクター、いくらでも作れたと思うのんけどなぁ。

追記:
反対運動の代表のマジシャンのかたを
その思想はおろか、容姿まで中傷するのは人権蹂躙。
論外ですわ。

2008年3月 2日 (日)

お水取り、はじまった。

ついつい近所にあると、
いつでも行けると思うがゆえに、行かない場所は多いもんです。
関西にはもちろん新しく出来た場所のありますが、
なにせ日本の都が1500年近くあったと場所ですから、歴史的な見どころもふんだんにあります。

自分は20年ほど前の就職活動の頃、
関西を離れる可能性すら感じていたせいもあって、
それこそ見納めかのつもりで
少なくとも上方古典落語に出てきそうな大阪の名所名勝は
結構見行ってるほうなんですが、
それでも花月に行って新喜劇は見たことなかったりとかで、
「いつでも行ける」といいながら40年過ぎちゃってるもんも
出てきちゃってるわけです。

この冬はじつにいつまでも寒かったせいもあって
3月1日になったとたんの土曜日に、やてもたまらず、
この日から始まる「お水取り」、
正式には東大寺二月堂の「修二会(しゅにえ)」の
「おたいまつ」を観に行きました。

修二会のおたいまつにしたって、なんやかんやで、
40年ほったらかしで観に行かなかったわけで、お初です。

2週間にわたるこの行がおわれば、
関西では水がぬるむ春が来ると云われています。
自分が行って即刻汲んでやりたいと思うくらい、
1〜2月の僕は毎年そんな気分です。

と、いうことで、
ここのところblogはやたらずーっと奈良ばっかしですが、
土曜日は午後から奈良入りしました。(^^)

お水取りは19:00からでしたから、
奈良公園、ならまち周辺でしばし時間つぶし。

お昼ごはんに、あるお店にむかいました。

現在の場所にあるこのお店にうかがうのは2度目なんですが、
今回は思い切って店のおばちゃんに聞いてみると、
僕がガキの頃、墓参で奈良に家族で来る機会に
毎度通っていた別場所で営業していたお店でした。

現在のお店に前回は余命短かった親父と来てたのですが、
確認してやらなくて、なんか今更申し訳ない気もしますが、
いまは当時の僕ら家族の記憶に残るメニューもなく、
おばちゃんも「それがどうした」という雰囲気で、
30余年ぶりの客が来たところで
お店にも今日までいろいろあったんでしょう。

思い出はあんまし触るもんとちゃいますね。

ならまちを散策しました。

以前もこの周辺のことは書いたことがあるのですが、
どうも京都のよくある観光地の人寄せを下手くそに真似て
メディアに取り上げ始められたころの
奈良市一番の古い町の風景が損なわれるのが残念で仕方なかったのですが
あれから2年を経て、京都のモノマネを逸して、
以前ほどの違和感が抜けた、独自の街づくりが始まってる印象を
今回はうけました。

お菓子などはともかく他のおみやげや絵ハガキのようなものは
「界」とかで探すほうが絶対センスがいいと思いますね。


Qsbg4xg4 「鹿男あをによし」観てるかた。ここ、どこかわかりますか?
有名なお寺の入口が写りこんでいますが、
この辺ではべつに何の変哲もない、よくありそうな場所ですが、
わかるひとだけが、パチパチとケータイで写真とってました。

近所のおっちゃんが自転車で「しかおとこ、しかおとこ」
と言いながら通り過ぎていきました。

玉木宏や綾瀬はるかや多部美華子が来てても
ファンならうらやましくて仕方がない光景も
たぶんこのへんのひとはなーんにも知らないで、ロケ進んだんでしょうね。

散策してみれば、ドラマに出てくる街の風景の
ほとんど多くがこの狭い区域内で撮られたのがわかります。

やっぱしドラマのおかげで、ならまちの来訪者は増えてる気がしますね。

綾瀬はるかが滞在中に、たくさんぜんざいのお店があるから
全部回りたいと言っていましたが、
ぜんざいなんて、もともと奈良の名物でも何でもないんやけどな。

Okybxjbr身代わり猿の下がる街からもちいどのの商店街に戻って
修二会の行で仏前に供花される「糊こぼし」という椿の造花を模した
土鈴を買いました。
今年以降のこの時期は玄関にでも飾って「春待ち」したいと思います。




Dzwtfmy3 奈良のみやげのお菓子で僕がいつも買うのは
もちいどのにある、萬々堂通則の「ぶと饅頭」
春日さんの神前に供えられる古来のお菓子「ぶと」を模した、
あんドーナツ風のお菓子です。
個人的には年に数回、禁断症状になるほどのお菓子です。


Foovkgwv 他にみやげにするなら、
近鉄奈良駅の地下改札横に出店している、
きなこの串だんごの「たまうさぎ」はめちゃおいしいです。
うさぎの絵柄もかわいくて洒落てると思います。


2i6dkugh 絵柄なら東向商店街の奈良の小鹿の「小鹿の里」もアリですね。
パッケージがセンスよくってかわいいです。
大阪の千鳥饅頭と関係があるみたいで、
おかけさんでゴーフレットのお菓子自体もはずれなくおいしいし。

どこの地方行ってもそうやと思うんですが、
土産店で買うより、個々の自前の品で店を構えておられるところで
買うみやげのほうがいいですね。
あと、「地元の人が買う」もんですね。
地元の若いコたちがこぞって買う地元ものが、みやげでも最高ですね。


Bqevppeu あ、少し前にここで書きましたけど、
やっぱしこういうこと考えるひとたちもいるみたいです。
よかった、よかった。

2008年2月27日 (水)

鹿ホトケ、ア○によし?

阪奈道路を走ってると、
よく「奈良」ナンバーの車に後ろからあおられる。
隣の車線があいてるのに、意味不明。

仕方がないから、道をあけてやると、
そらまったびっくりするくらいにすっとんで行く。

大阪方面ではこれまで「和泉」ナンバーには
危険な運転する車が多いと聞かされてきたけど、
じつは最近は「奈良」なんとちゃうかと思うてる。(-"-;

大阪の周辺の都会化の成熟に合わせて、
若い世代の占める割合が多い時期も順番だったりするんでしょうね。

でも、そんな「奈良」の車に限って、大阪の外環状に下りて出てきたら、
妙におどおどしたおとなしい運転するんも結構笑えたりするんですけど。

阪奈道路で思い出しました。
奈良方面行きの学園前インターのところに
鹿の家族の像がありますが、
鹿デカ過ぎっ。どうみても馬サイズでかなりこわい。(-"-;

鹿といえば、これもどないよ。

仏さんに春日さんの眷属の鹿のツノって
いったいどっちにバチあたりなのか、
いや、どっちにしてもあかんやろっ。

考案したやつの奈良に対するイメージもどやねんやけど、
結局OKしてしまうほうの奈良側も、なんちゅーか・・・。(-"-;

2008年2月24日 (日)

ほん奈良、そん奈良。

「鹿男あをによし」。
ドラマはさらに佳境にはいっていきます。

しゃべる鹿を見てると
ひさしぶりに奈良公園に行ってみたくなってきました。
(寒いうちは嫌ですけど。)

奈良はドラマをうまく街おこしに活用するでしょうか。

あかんでしょうねえ、たぶん。(- -)

東向やもちいどのの商店街あたりで、
ドラマのサントラCD奏でながら、
マジックで「鹿男あをによし」と走り書きした、
カレンダーの裏みたいなのが、
いつからあるのかわからない日焼けた商品の並ぶ商店の店先に
貼ってある光景が、なんか容易に想像がついてしまいます。(- -)

20余年前の「オレたちひょうきん族」で
明石家さんまと渡辺正行が毎週鹿の着ぐるみを着て
若かった頃の吉永小百合がリリースした歌を茶化したのを
そのままに土産商品化した「鹿のふん」まんじゅうとか、
似たようなもんでは「大仏のはなくそ」とか、
奈良の商売人のみなさんの感覚はずーっとそんなもんでしたから、
今度も「鹿男せんべい」とかが関の山なんじゃないですかね。

おんなじことしても隣の京都のセンスとはまったくもって
比較にも勝負にもなりません。(- -)

前回もフジテレビでしたが、
ヤリっパやのうて、フジテレビもちゃんと
番組関連商品を企画して、街おこしもしてあげればええと思うんですけどね。
そのほうがドラマ見てやってくる玉木ファンも喜ぶのに。

ま、イケてないのがまた
愛すべきマイセカンドホームタウンであったりするわけですが。

あ、でも奈良の鹿愛護会が「鹿男」にちなんで制作した
鹿の角でつくった勾玉が爆発ヒットで完売したらしいです。

ところで余談ですが、
オーストラリアの公園に放し飼いされてるカンガルーの成獣は
奈良の鹿が立ちあがったみたいでかなりこわかったです。
ヤツらも鹿せんべいならず、粒のクッキーみたいなのもってると
群がってきます。立ってるから鹿より恐怖を感じます。

脱線ついでに
原作では鹿がポッキーを好んで食べるシーンがありますが、
鹿の身体にとってよくないのは確かですし、
TVはその影響力をかんがみて、割愛されたんでしょうね。

韓流ドラマでは子供に景気付けだと
屋台でお父さんがお酒を飲ませてしまうシーンがあったりしますが、
これを放送するのを是とするか否とするかは、
民族意識の差でしょうか。

「鹿男あをによし」のドラマは、
原作では受け流され気味な三校対抗のスポーツ大会で
もたらされる優勝盾についても丁寧な描写がされたりと、
なかなか良いカンジです。
これからの大事なシーンが大変楽しみです。

2008年1月21日 (月)

あなたと奈良、たまごとじ。

サブいです。

サブいの、嫌いです。
とくに節分、立春のこの時期が嫌いです。

夏生まれのせいでしょうか、冬はめっちゃ苦手です。
まだ盆の頃のムッさ暑いほうがいまよりマシです。

明日にでも、二月堂のお水取りやってほしいです。

ところで僕は両親ともに大阪生まれの大阪育ちですが、
祖父母は母方はともに広島県人で、
父方はともに奈良県人です。

広島に行けば街の人たちが
なんとなく見覚えのあるような、懐かしく思えるし、
奈良の本家母屋あたりの人たちは
ほんまに親父の雰囲気そのまんまです。

盆や彼岸には通うせいで、
大阪人ながら奈良市街は自分には相当に身近な場所です。
街中のどこかに放り出されるようなことがあっても、
たぶん地図がなくても普通に帰ってこれるでしょう。

「鹿男あをによし」原作本先週から8チャンネルで「鹿男あをによし」がはじまりました。
大慌てで、週末に原作読みました。

かなり面白いです。
玉木宏や綾瀬はるかのファンのみならず、
平城宮址や奈良公園の周辺の地理がアタマに描ける
奈良市民、奈良県人、奈良に通うみなさんには
鑑賞をおすすめします。
日本の古代史好きなら、なおおススメします。

なんで関西弁使えへんねんとか、
しょーもない突っ込みはせんでよろしいから。

ちょっと奈良ブーム来るかも?

2005年1月 8日 (土)

奈良っ。

Ltjijsvs 奈良はウチの先祖の地です。
だから僕も奈良にはそれなりに思い入れがあります。

最近、奈良町あたりが注目らしいんですが、
京都の清水寺あたりなんかでも見受けるんですけど、
やたらめったらどっこの観光地も
「パンプスでも歩ける」
みたいな土産物屋街の舗装道路、
気取ってるつもりかカフェもどき。
和風喫茶にアジアン雑貨の店。
最近できたのに老舗ぶる菓子屋、民芸屋、人工的な時代村。

もーやめてえな。
いらんで、そんなもん。

観光地に来る都会のもんは
普段からホンマもん見てるから
エセなアーバンにはさぶいぼ立ちます。
そんなもん期待してませんから。
不便な道は不便でよろしい。
パンプスで来ささんといたらええだけです。

奈良にお住まいのかた、気ぃ悪くせんといてほしいんですけど
新幹線の停まる京都にはない、
奈良のいつまでもダッさい感じがほっこりして好きです。
県庁もある要所に
ほかに心配事ないんかおまえと思うほど
煎餅買う客だけ待ってる春日さんの鹿もええ感じです。
しっかりせえや、神鹿のくせに。
萬々堂通則のぶと饅頭、かなり旨いです。

なんで「三都物語」の一都とちゃうんやろ?
非の打ちようない歴史があんのにね。

大和は国のまほろば。
日本人の生活のまほろばでもあってほしいから、
奈良はダッさいまんまほっといてください。