転々、Web屋。 Feed

2009年6月 7日 (日)

ご近所さん。

近所のひとが、この路線の電車に乗って、この駅で降りるのを発見する経験をたびたびしている、
転職の多い僕。

2009年5月17日 (日)

父祖の地に立つ。【就職す。】

仏さまに見守られるよりも、

きょうまでに出会ったひと、有名無名、ひさびさに再会した仲間、
その機会をつくってくれた友人がくれた勇気を胸に、

再出発、再挑戦。

2009年4月15日 (水)

苦しいのに、苦しい選択。

面接に行って、話をうかがってたら、
なんか、ちょっと思うてたのと違う感じ。
でも、向こうさん、乗り気・・・?(- -;)

 

一夜明けて、ウチきませんか、言うてきた。

週末に、他の一社の二次選考回答待ちになってるの知って、
先手打ってきたのか。

 

うーん。(>_<)

正直言えば、大差はない気もする。
いつまでも自由人では喰うにも困る。
世間の窮状、雇うてくれるところも数はしれてる。

 

でも「なんか、思うてたのと違う」いう気持ち、ひっかかる。

二次選考パスの保証も何もないのに、辞退。(_ _。)

2009年4月11日 (土)

書類選考の対策。

ハローワークのWeb屋の求人の件数は、いまも以前も件数的にはそんなに変わらない。

ただ、1件に対する応募者数を聞くと、かなり多い。

そのせいか、書類選考がやたら多い気がする。
僕の場合、過去、即面接をしてくれた企業に受かっている。
書類選考の企業に対しては戦績が芳しくない。

 

公的な職業相談で(ハローワークにもある)そんな事情を吐いてみると、いろいろおしえていただけた。

 

「即面接」を想定した、履歴書や職務経歴書は
書類選考だからとそのまんま送ると情報不足になっているということ。

「書類」で自分をすべてわかってもらわないとあかん。
書類選考で問題ないような履歴書や職務経歴書なら、面接でも困らない。

学歴でも職歴でも、名前では何をやってる学校や会社かわからんのやったら、
アタマに説明をつけるとか、そこで自分は何をしたかを書いておく。

 

転々とした企業の「退職理由」もちゃんと書くのがいいらしい。

これは正直書きにくい。
自分もしかり、転職するのにあんまり良い事情で辞めているひとのほうが少ない。
なんか問題があって、籍を失っているもんやし。

でも、新しい可能性を求めてとか、専門分野に特化したくてとか、
スキルアップのためとか、
それこそリストラであれば「早期退職勧奨に応じて」とか、
あくまで前向きな理由を書いておくのがいいみたい。
でも「業績不振で希望退職」って書くと、
不振の業績が自分のこととか、自分のせいに読めてしまうのでよくない。

書くなら、誤解されないように書く。「情報不足でない」こと。

 

それと、書類の使い回しはしない。各社おんなじ内容にしない。

求人もネット検索になって探しやすくも、応募しやすくもなったぶん、
一社にかける思いが薄くなってしまう気がする。

とくにハローワークだと、字ズラだけの求人票を見れるだけで、
そこから応募したいものを上限8枚までプリントアウトして、
係員を通して紹介状をもらったり、面接時間の約束をとってもらう。
その状況に、応募企業への思いもへったくれも生じようがない。

それでも大急ぎで面接の日までに、その応募企業それぞれに
無理からでも「想い」を熟成させることが必要だということ。

ホームページがあるなら、必ず見ておく。特にWeb屋なら常識やけど。
実際に会社の前まで様子を見に行くひともおるらしい。

履歴書、職務経歴書は会社ごとにちゃんと手を入れる。
この会社にはこのスキルとか経験にウェイト置いた書き方にするとか。

志望動機や自己PRでは、その企業の事業内容や求人職種について
自分ならこの部分をこう変えますとか、これならこうしますやら、
「結果として売上のあがる」提案も書いてみる。

デザインがイケてないとか、僕ならもっと美しくできるとか、
売上アップにつながるかわからんような、そんな話はあかんよ。

 

そんなこと、面倒でも1件づつやってると、
それぞれの企業に「想い」が熟成していく。

いまや履歴書は名前、捺印するとこ以外はPCでワープロしてもいいらしいので
手書きの清書に、失敗繰り返して時間浪費してるくらいなら、
「想い」の熟成作業に時間をまわしたほうがいい。

 

就職・転職活動中の皆さん、頑張りましょうね。

2009年3月17日 (火)

Web屋のすすむ道、2009。

世間のWebの仕事の認知も進んで、かなり妥当な分類をしてくれるようになったが、
ハローワークの求人票にはまだとんちんかんなのが多い。

「職種:SEOエキスパート」

そんな無茶苦茶な。(- -;

ホームページがYahooやGoogleの検索で上位表示される(=SEO)ために
対策を行う必要があることを、どこの企業も理解し始めているということなのだけれど、
検索の仕組みもネットも日々進化し、変化し続けるもので、
頑張ってSEO対策して、現在Yahooで第1位に検索されていても、
明日その位置にあるかどうか誰もわからない。

「SEOエキスパート」募集なんて、打率10割の打者を募集するようなもんで、
10割打てなかったら、責任追及されちゃうわけでしょ?
そんな無茶な職種ったらないですよ。絶対応募あるかいな。

たぶんその会社内に駆け出しのWebデザイナーがいて、
「やっぱしSEOのエキスパートが要りますよ」なんてこと口にしたのを、
上司がそれを職種だと思って求人出しちゃった、みたいな感じでしょうか。

昔僕もWebデザイナーの求人で入社したのに、
Accessのソフト触らされるわ、パソコンのメンテに、配線までさせられたのと
レベルは少し変わりましたが、程度は変わりませんよね。

 

しかし、この事情、見逃してならないことがある。

この強烈な不景気に、
企業はなんとかホームページをお金を生むものにしたいという意思があること。
以前のようなホームページがあればいいという次元を脱しているのです。
ホームページは実店舗物件をもたず、営業マンやスタッフのかわりに
インフォメーションや接客をしてくれる存在としての認識に
こんどこそ変わりつつあります。

以前にも書いたかとと思いますが、
正直、いまホームページ制作の会社に明るい未来があると考えるのは
悲しいけれど、難しい。
ブログもしかり、ショッピングサイトを素人さんでも簡単に作れる仕組みは
市販ソフトはおろか、ネット上にも次々とどんどん出てくるし、
プロとしてのWeb屋の仕事はどんどんなくなる傾向にありますし、
それはかねてから十分予想できたことでもあります。

現に制作会社の求人も、デザインに、CSSにコーディングに、
さらにPHPに、あれやこれやプログラミングに、なんじゃかんじゃ、
一人でできるようなひとを募集するような、無茶苦茶なのが多いわ、
制作しかできない集団なので、仕事とってきてくれる営業を探してるか。
営業はできてもWebを理解してるっていうかWeb制作を理解してるひとって、
またこれはかなり稀少やと思いますよ。
そう見れば、制作会社がかなり行き詰ってる様子が否めません。

制作会社を出て次の職場を探す経験者なら、
いま自社のサービスや商品をネットで売りたい、どうにかしたいと
真剣に考え始めた一般企業こそ、今度の舞台なんじゃないかなぁと
そう感じます。
Web屋のたまごもひよこも、先輩を追うつもりで。

もう制作会社に面倒見させてたら、会社の意思がタイムリーに反映できないし、
しょせん社外の連中だからこっちの意思を勘違いもされてしまうこともある。
そんなんじゃ、貴重な販売機会を逸してしまう。
企業はどこも社内でサイト制作するようになっていくでしょう。

2009年3月12日 (木)

面接。

久しぶりの、スーツにネクタイ。
黒革靴はHAWKINSなので、昔のと履き心地は比較にならんけど、
この身なり、やっぱし、しんどいね。

いろいろ聞かれたけど、僕がどういう人となりなのかより、
Webのことばっかしで、タダでノウハウ持ってかれた気もするなぁ。

2008年5月23日 (金)

例外。

Tqiwhnul

初心者は仕事について
方法や手順を聞いてくるのはあたりまえで、
その背景にある社会人としての経験論とか精神論みたいなもんは
そのあとにおしえることになるのが「一般的」ですが、
たぶん私のほうが社会人としての経歴は長いし、多いので、
尋ねたかったのは方法と手順だけだったんですけど。

お気遣いありがとうございます。

2008年5月19日 (月)

なんとかが見る豚のケツ。

40代男性が、面接キャンセルの電話を入れてきた。

なんか知らんけど、語気が強くて、
高圧的なカンジや。

パートのウェブデザイナーの求人に
応募してるくらいやから、
結構切羽詰ってるんやろ思うけど、

電話口のおまえみたいな若造にはナメられへんぞ、
みたいな気持なんやろな。

そんな気持ちでは仕事なんか見つからんで。

まさか電話口の僕が同い歳やとは
思うてへんやろね。

2008年5月17日 (土)

ぎょめいぎょじ。

戦時に子供時代だった親父の世代のひとたちは、
小学校の朝礼などで校長先生が「教育勅語」という
天皇陛下の教育に対する思いのお言葉を読み上げる、
そういう約束がありました。

終戦宣言の玉音放送も
聴いても何をおしゃってるのか意味がわからなくて、
戦争が終わったことに他人に解説してもらうまでわからなかった
そういう日本人もじつは少なくなかったくらい、
当時天皇陛下から発せられるお言葉は難しかったものですから、
ましてや子供に理解できるはずもない。

校長先生が読み上げが終わるのをただ
聞き流して我慢して立ってるだけの時間だったのです。

陛下のお言葉が書かれた書面の最後には
陛下のお名前と陛下のハンコが押されてありました。

一般人が陛下のお名前を実名で読み上げるのは御法度で
代わりにその部分は「御名(ぎょめい)」、
ハンコの部分は「御璽(ぎょじ)」と読み上げるのが約束で、
現在も国の書類に陛下の署名ある部分には
「御名御璽」という文字を当てて、紹介されます。

校長先生が「ぎょめいぎょじ。」と言えば、
我慢の時間は終了で、子供たちはやれやれだったわけです。

それに例えて、叱られても
我慢だけして、そのときだけ聞いてるふりすること、
何の反省もないことを「ぎょめいぎょじ」と称する
フレーズが親父の世代にあります。


失敗や問題を起こして、叱責して
今後どう対処対策していくかの報告を待っているのに、
うつむいたまんまなので、しばし放っておくと
勝手に作業を始めてしまっているヤツ。

ぎょめいぎょじ。

もっと現代らしい新名称はあれへんかいな。(-"-;

ちなみにウチの親父は死ぬまで「ぎょめいぎょじ」な男でした。
わが親ですが、何しても勘弁してもらえる可愛げがあったということなのでしょうか。(^^)

腰が据わらない。

Tqiwhnul いい歳をしても転職を繰り返してしまうのは、
やっぱし自分自身に問題ないやろか?

普通の新入りは、
先にそこに居る人たちの迷惑にならないように
これしてよろしいか、さわってよろしいか、
いちいち聞いてくるような慎重な態度が当たり前で

それを見て既存のスタッフは
このくらいモノが見えてくれてるなら
仕事が任せられると思えるようになるわけです。

でも、問題あるひとの場合は
自分がちゃんと仕事ができる姿を見せることばっかしに
気がいってしまっていて、
先にそこに居る人たちの迷惑を起こしても気づけない。
そういうひとは作業の完了も、
上の人が終わりなさいと言うから終わるだけで、
最終確認もしなかったり、責任をとりたがらない。

怒られると「終われといったじゃないか」
という顔をする。

職場を転々とするひとは
作業スキルが足らないうえに
先にそこに居る人たちには奇怪に思えるような
非常識な動きをすることがあります。

たぶんここに来られるまでもいろんな職場で
やりかたがおかしい、とか
変わり者扱いされてきていることが多いと思います。

それはずっとその人の上に立つ人が
彼に必要な教育を施していないからです。

でも一概には言えませんが、
先達が当人に何も教えなかった理由が
じつは意外とこの当人が先達に教える気を失くさせるような
そういうことを、気づかないうちにしてることが多いのと
ちがうでしょうか。

どこの現場かて、ひとが補充されたら
嬉しいに決まってるし、自分の持ち分も分担して、
楽になったり、それで成果物の精度も上がる。
同僚や後輩がほしくないなんて、ハナから思うヤツ
そんなんどこにも居らんと思います。

せっかく仕事を教えてやろうとしてくれるひとに
何か気に障るようなこと、してきてませんか?

「そんなことはおまえに言われなくても解ってる」とか
自分だけのしょうもないプライドやらメンツを盾にしたり、
自分の為に叱責してくれてるのに、
冷遇されたと勘違いして逆恨みしたりしてないですか?
まだ説明が終わってないのに
大丈夫ですと、ほいほい作業始めたりしてなかったですか?
(そういう場合往々にして失敗する。)

職場を転々とするひとは
総じて自分で何がしたいか言えないひとが多い。

あるいは将来したいことをさせてもらえる保証もないのに、
いま任されている仕事はそもそも自分がするべきでない仕事だとか
勝手な解釈してちっとも身が入っていないから、ミスも連発する。
どんな仕事を任せても成果出せなきゃ、
あなたのしたい仕事も任せてはもらえない。

雇用を決める時点で会社も当人に
いずれこんなことしてもらう、とか予定やら展望を
伝えないほうがいいのかもしれないと、最近思ったりします。

どんなに不愉快であっても
ひとは他人とのかかわり無しになにもでけへんのやから、
他人の迷惑になっていないか考えること。
他人のはなしは最後まで聞くこと。
何であれ求められていることをありがたいと思って
従順にこなすこと。

したいことができないのを「我慢」するのではなく、
したいことができるようになるまで「辛抱」することやと
そない思います。

自戒の念をこめて。
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